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障害と折り合い。
今日は告白してしまいました・・・。
あー、恋ではないです。残念ながら・笑。

今まで、気持ちに秘めていたことです。
ずっと、言えなくて、自分の考えが間違っているのか?合ってるのか?わかんなくて。
そんな答えなんて、ないんですけどね・・・。

自分の答えで、誰かを傷つけるのが、怖かった。
たとえ、あたしは傷ついたとしても・・。まぁよいのです。
誰も傷つく事はない事、分かったから。
何か、自分を過小評価しすぎるのもダメだけど、過大評価しすぎるのも・・・どうなんでしょう。

ケアに入られてる方に、「してやってるんだよ。」
みたいな言い方されると、・・・・。となります。
何かあぁいう自分はどんなにえらい存在なんだい。というのは、嫌ですね・・・。人間の汚い部分みるみたいで。あたしはしてもらう事が多いので、小さい存在だなぁと自覚できるので、まだ幸運かなぁと思いました。

自分を自分で過大評価していると、いつか、落とされる時が来るような気がして・・・。その時のショックって大きいだろうし、たぶん落とされた時も、プライドが邪魔してしまうと思う。
困った時に、人の助けに甘えられる人が、ほんとの人のためになることを知ってるんじゃないかな・・・?
と思ったりする。・・・わかんないけど・・・。


今日はリハビリを休んだ。異様に右足が痛い。注射打ってもらうけど、効かない。。血液担当医から、「無理しないように。」といわれたので、この状況でリハやっても、周りに迷惑かけるだけだし、先生の言葉に素直に従う事にした。でも・・・リハビリを休んでしまった事に・・・自己嫌悪。。

午前中に透析専門ナースの訪問。午後には一般ケアの看護師さんの訪問があった。透析専門の訪問が、なぜか午後からとなっていたみたいで、「今日は午後からと聞いた。」と連絡が入り、びっくり・・。「いや、午前中に・・・」とお願いすると、「ごめんなさい。1件回ってから、うかがいます。」と。。前回に確認を怠ったあたしの責任であり、看護師さんは忙しい思いさせてしまったかもしれない・・・ごめんなさい。

毎度の事だから、言わなくても分かってくれるだろう。というのは、在宅ではなしだと思ってる。
私の常識は、相手からみれば非常識にもなるわけです。利用者さんはあたし一人じゃないんだし。
あたしは、自分のサービスを受ける立場なのだから、しっかりしないとぉ・・・って反省。。
だけど、あたしも自分の事とは言え、完ぺきには出来ない。

夕方、バルンが詰まり、お腹が張る。血液担当医の訪問時間と重なり、診てもらう。「今すぐ、バルン交換が必要。場合によっては膀胱洗浄。」といわれるが、2時間ほどして、流れもよくなったので、このまま。

何だか、いつも監視されてる日常には疲れた。もうだいぶ、ひとりのじかん。持ててない。たとえば、健康で働いていたとしても、世の中いろんな人がいる。自分と意見や考えが合う人と付き合っていられないわけです。だからと言って、働いていないあなたは社会経験がないから、人の付き合いが未熟なんて、言われたくないです。

まぁあたしは、未熟ですけどね。社会経験なんかなくても、人間ある程度の年齢を超えれば、それなりに大人な考えになるんではないでしょうか?
学生の間もいろいろ、葛藤もあるしね。。
逃げてばかりでは生きていけないのです。。
あたしは今、「健全な患者」「健全な障害者」を求められている気がします。ひしひしと。それが重くて疲れました。そもそも、「健全な人」なんているのでしょうかね・・?そりゃ、犯罪や世の中の常識は、犯さないくらいの健全さは身につけるべきだけど、何もかも完璧で完全な(健全な)人なんていないし、いたら気持ち悪いし、どこにも魅力ないよ。

それでも、白衣とジャージの人たちは、健全さを求めてきます。。おとなしく言う事を聞く。言いなりにしやすい。ざっと、こんな感じですか?
だれとでもうまく行くには、必要不可欠な要素でしょう。誰もが扱いやすいという点においては・・・。
もはやあたしという人格を消すしかないようです。自我とは、自ら(みずから)の我(われ)と書きます。
我を出しすぎると、わがまま(我がまま)になり、我を消すと、我がないつまんない人になってしまいます。協調性において、我を出したり、引いたり、自分なりにコントロールとりながら、人間関係を学んでいくようにあたしは思います(これまでの未熟な人生経験ですが・・・)。

障害者が我を出すと、我がままな人といわれる事がよくあります。よく考えてみれば、障害者として生きる事が、わがままな姿だと、最近気づきました。
自分からは動かず、人形のように着替えさせ、『水飲みたい。』と、コップに水を入れてこさす。

歩ける人なら、なんじゃ自分でしない、わがままな人!でしょう。
あたしは障害がある特権で、人を動かせているかのように見える事実に、はっとさせられました。
歩けない、自分で自分の事が出来ない事の苦痛・・・を自分の事として想像できない一部の歩ける人からみれば我がままな!と日頃から見えてしまう事に・・・。


話は変わりますが、「会おうね。」という言葉を、私はいかに無責任に使っていたかに気づいた。
全介助を必要とする身で、いかに大変であるか。
もう私は、以前のように、ちょっと出かけてきます♪みたいな呑気に言ってられる場合でもなく、私が外に出る事は、呼吸器から透析器具・酸素ボンベなど大きな大きな荷物になる。

そんな状況で、「会おうね。」と気軽に言える立場ではないなぁと・・・。

もちろん会いたい。元気になることはないことはわかってるけど、回復の望みもあきらめたわけじゃない。でも、「いつか・・・会えたらいいね。」って消極的なことしかいえない自分に苛立つ。

昨夜ちょっとしたことで、家族喧嘩。
家に重度難病児者がいるというのは、何かと一人一人の負担の積み重ねで、それは中にいても外にいても、病気や障害が進んでしまえばしまうほど、家族の負担が増えるのも事実。1日何も動かず・・・ずっとベッドで、食べて排せつのみして生きていく方が、介護者には楽なのかも?・・・など、日本の「寝たきり」は「寝かせきり」の現状も、わかる。それも、家族は、私を愛して思ってくれる気持ちで、こうして手をさしのべてくれるわけだ。これは難病とともに生きる私の一考えであり、それ以上の、それ以外の、何ものでもありません。私は私の思っていることしか書けないので・・・。


ようは、障害を持ちながら、どう周りと折り合いをつけ、暮らすかということ・・・なのだと気づきました。
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【2007/06/23 16:45 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
参観日。
今日は母が弟の参観日で、行かせてあげたいと昨日看護師さんと約束して、今日の午後から、時間をとり、一緒にお留守番している事になっていた。

参観は5時限目の1時半から始まる。
我が家は学校から徒歩10分、自転車で5分という距離にある。1時10分にはお伺いします。と昨日約束を交わしていたので、訪看さんも忙しいし利用者はあたし一人じゃない。
前の利用者さんの容態が急変したのかも知れないし、待っていた。

しかし、20分を過ぎても・・・来られなかった。
いくら待っても来られない。我慢の限界を達し、30分に訪看STに電話した。

「今日は午後の2時半からになっています。」・・・と。「前回に1時10分ということで、看護師さんと打ち合わせしたのですが。」と聞くと、「私は電話を聞く係だけで、看護師はみんな外に出ていますので。」と・・・。あたしは、自分の中の何かがプツリと切れる音がした。「今日はもう訪問いい」と母に言って、母も「今日はもう訪問いいです!」と電話口に言っていた・・・。

弟の参観日で、弟も楽しみにしていて、ずっと行ってやれなかったから、せめて今日だけは母にも行かせてあげようと思っていたのに。だから前もって看護師さんに、「午後のこの時間にお願いできますか?」とお尋ねしていたのですよ・・・。
その時間での訪問が無理なら、どうして昨日の夜でも、今朝でも電話くれなかったのよぉ~。

看護師さんは忙しいし、利用者はあたしのみではない。訪問宅で、緊急事態や処置に手間取ってしまうこともあるでしょう。そう言った、予定変更や遅れならいいのよ・・・。どうしてはじめから、・・・今日の訪問予定は、2時半と組みこまれているわけ?これじゃあ、あたしと母が前もって、お願いして話した意味もない・・・。母娘そろって、何かがプツリと切れて飛んだ・・・。今日は行かせてもらうからと、いつもより早く起きて、あたしのケアもいつもより丁寧で、いっぱいやさしくしてくれて・・・。
二度寝なんてしないで、用意して待っていた母は何なんだろう・・・。

「お母さん、絶対来てね!あっちゃん、手あげるから!!」って笑顔で出ていった弟は何だったのだろう。いったい、あの人たちはいつも訪問を待っているあたしたちの事、なんと思っているんだろう?
訪問も待つ身になって、考えたことはあるのだろうか。。

今日は、訪問看護はなかった。初めて自ら断った。
夕方の先生の診療で、このこと話すと、「じゃあ、今日は輸注日でしょ?してもらわなかったの?!」って。
そう、今日は欠損している酵素の補充日でもあった。別にどうでもいいと思った。
でも、先生は激怒して、訪看STに電話してくれて、責任者と話してた。で、今すぐ輸注を持ってくるように指示し、20分後持ってきてくれた。

遅れるなら、電話一本くらい出来ると思う。予定変更なら、昨日も今日も連絡できたと思う。連絡できないくらい忙しくても、電話3分くらい、時間見つければ出来ると思う。
忙しすぎて、忘れてしまうなら、メモに書いて確認すれば、忘れる事もないと思う。
看護師さんは、利用者さんに対しての責任感がないのだと思う。・・・あたしの思ってることは、間違っていますか?常識に欠けていますか・・・?・・・わがままですか?今回は初めての事ではなく、これまで看護師さんも忙しいのだし、人間同士忘れる事もあると、受け入れてきた。だけど、何度も、こちらばかり受け入れるのも、おかしいって思う。

看てもらってるのだから、仕方ないですか?
看てあげてるのだから、それくらいですか?

仕事ってお金で形になるけど、プロ意識って、もっと別の所にあると思うよ。
だから専門職は、尊いと思う。だから誰からも、感謝と尊敬される仕事でしょ?

おわびの電話も謝罪の言葉もなかった。処置なくても、心配もしないのでしょうか。
気にもならないのかなぁ。まぁ自分の事ではないのだし、自分の事は自分で守るしかないのですが。
何か、この状況っておかしいと思うよ・・・。ほんと、悲しいよ・切ないよ。信頼しようとしているのに、何度も裏切られるのって、疲れるよ。。あなたを信じて・・・よいのですか?

この訪看STは祖母も利用している事業所なので。あたしが始める前から祖母の所でお世話になっていた。だから、前からここのシステムも看護師の数も大体分かってた。祖母の所でも約束を放棄されたり、予定が狂ったり、していた。その度に、事業所ともめたなぁ・・・。
1度や2度ならば、失敗で許せるだろう。けど、何度も繰り返されては、利用者の身が持たない。
新しい事業所を探すか・・・そんな時期に来てるのかなぁ・・・。そう、母とも話をした。結局、今日は弟の参観には行けなかった。

帰ってきた弟、泣いてました。

夕飯時まで、口も聞いてくれませんでした。
些細なこと、ですか?それくらい、ですか?
でも、これが病児を抱える家族の日常なんです。
こんな些細なことで、家族の心は、痛くなるんです。

10分以上、私から離れてはいけない。そうドクターからの指示を受けてから、もう1年あまり。
その間、家族も周りの人も疲れてく。壊れてく。
恥ずかしいことかも知れません。

家の事情・日常を書くのは。けれど、何も隠すことじゃないし、病児ときょうだいを持つご家庭では珍しい問題ではないです。そのことを、書きたかった。

今は看護の抜け殻。といった感じ。看護師さんの前でいるあたしは、心や気持ちはなくした、細胞体。治療して治る体ではない。生きる価値もなく、生きてたらそれでいいし、死んでてもそれでいいんじゃない?って、存在なんだなぁと・・・。ぶっちゃけ、金儲けの命、儲けが無くなれば、出て行って。って言われてるようで・・・。金の切れ目が縁の切れ目。とも言うし。。

今は看護師さんに、気を使う存在でしか持ててない。気を悪くさせてしまったら、診てもらえなくなるとか・・・。体調の変化もこれくらいで言ったら、もっとつらくなった時に、「また言ってるわ・・・」とか思われないかとか。現にあったから。言葉数を少なくすれば、トラブルも起こりにくいし、極力自分の想いはなかったことにしちゃえとか・・・。

どんどん自分のほんとの苦しさに蓋を閉めて、「ありがとうございます。」と「あなたのおかげよ。」と笑顔を蒔いて・・・。それでどんどん、自分の首を自分で絞めてる感じ・・・。医療も看護も介護も携わるのは、人間だけど、人間に傷つき、疲れてしまったあたしって、何なんだろう・・・。社会経験がないから?やってもらってる立場だから、仕方ない?死ぬこと出来ないから、仕方なく生かしてもらってる。
ただ、それだけの、世の中でいらない存在なのか・・・と、思いは極端に昇ってしまうのだ・・・。

軽く、「じゃあ、事業所変われば?」とか言わないでぇ・・・。そう、簡単には変われない。変わるにはエネルギーがいるのさ。決してドクターや看護師さんの事を嫌いとか、関係がうまくいってないとか。あなたがきちんとしろよ!とか、病院や先生や看護師さんに求めたり、言いたいのではなくて・・・。病気になったのはあたしの人生上の事で、誰かが変わりに乗り越えてくれたり、「かわいそうね。」と誰かが庇ってくれたりではなくて・・・個人的に抱えて、自己処理し、生きていくことは分かってるんだけど。
だけど、無関心になるのではなくて、支えてくれてもいいんじゃない?それが医療というものでしょ?と問わずには、いられない・・・。

看護師さんサイドでは、患者さんのよりよい生活を送るためにの支援、訪問では尚更、実生活を基盤とした目で看護方針を立てます。医師とはまた違った視点で、医学では治らない、または治る可能性が低い状態でも、そこからよりよい毎日を送れるように、患者さんと共に考えるのが、看護だと感じています。

看護支援には、希望を見つめていく作業もあるのです。私たちには、その希望を、見つめてはいけませんか。厳しい現実の中でも、そこから光を追い求めてはいけませんか。

弟の、まだ10歳の、彼の気持ちを、少しでもいい。感じてあげてください。あの子には、いつも我慢ばかりさせてきた。いつも寂しい思いをさせてきた。
私の弟に生まれなければ、こんなことにはならなかった。弟は幸せな人生を歩めたかもしれない。病気の姉を恨んでもいいんだよ。恨まれても仕方ない。そういうことを、私は彼に、やってきたのだから。それでも彼は、私の介助を快く引き受け、自らやってくれる。ただ、やさしいだけでは、こんなことまで出来ない。
ただ、自己満足では、永遠は続かない。そのことを、彼はまだ10歳にして、わかってる。ごめんね・・・いつかね、いつか・・・。おねえちゃんがいなくなったら、お母さんもあなたが一人占めできるよ。お父さんも、ずっとあなたのそばにいるよ。もう入院したからと、お母さんとお父さんと離れて暮らさなくてもいいんだよ。あっちゃん、君の優しさに、強さに、頼もしさに。弟でよかった・・・。

私の弟に生まれてきてくれて、ほんとに、ありがとね・・・ごめんね。
【2007/06/23 16:35 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
ありがとう。
在宅の日常で。

4月は新人スタッフの時期。
自身もそうだったのだけど、新しい世界に飛び込もうとして来られた方は、ほんとに輝かしい。

夢や希望に輝き、「患者さんを助けたい。」と生き生きと語る。現実は理想からは程遠く、厳しい。

また淡々とした日々の業務の積み重ね。
3年後、同じ職場で働かれている方は、その中の何割だろう。
その変化というものを、現実にしてきた患者の立場としては、輝かしい言葉で励まされない・・・んだなぁ。

新人さんには夢や希望を持って、まっすぐ走ってほしいのだけどね。
それを願っているのも、また患者である私の思いなのだけど。
現実に、末永く、その仕事に携わる方は、淡々と黙々と進んできたって・・・感じが伝わる。

あたしは命の限り、たぶんずっと患者であるのだから、医療をサポートして下さる人との関わり方というものを、考えてみる毎日なのだけど。
人から逃げれても、自分からは逃げられないのが、厳しい問題。

結局は、悩みって、人との中ではなくて、自分の中で悩まされる問題が多いのかも・・・と思う日々。
我が家に来られる若い先生も。病棟で受け持ってくれたレジデントの先生も。学生さんも。
まだまだ、これからなのに。
希望と情熱を燃やして、患者と向き合おうとしている彼らに、現実を見せてしまうことが、本当にいいことなのか?と在宅での生活で、思ってしまう。

現実を見せる事も大切。理想の世界だけでは、人は生きては行けない。だけど、それは、これからの人生の中で、長いスパンで見ていくこと。
それを、学生のころから、インターンのころから、見せてしまう事が、果たして彼らのために、そして患者のためにもなるのだろうか。と言うこと。
でも、まだまだ若い彼らには、もっともっと、頑張って欲しい。若い意欲と、情熱を、燃やしてください。燃やしすぎて、消熱しちゃわないで下さいね・・・。

もし、こんな病気になってなかったら、生かされている事に気づかなかったかも知れない。
そんな事も、ふと最近、思います。
重度の障害を持って、一人では生きて行けないからだになった事は、自分自身に何かを感じさせるメッセージなのかもしれないし、そんなものあってもなくても、答えは見つからなくても、周りで支えて下さる家族や友達、先生や看護師さん、たくさんの方々に、毎日、暖かなものや、「ありがとう」の気持ちを、頂いている事。その事に、今、とってもうれしく思うのです。病気で生まれ、車椅子となり寝たきりとなるまでも、たくさんの辛い事・しんどい事がありました。
見えない障害に、なかなか理解されず、自分の中でたくさん抱え込んで仕舞込んでいたものも、ありました。

それこそ、「一人で、がんばってる。」「自分の力で乗り越える。」しか、なかった・・・辛かった・・・時期でした。
今から思えば、なかなか甘える事が出来ず、負けず嫌いな自分に、逃げる事も、立ちどまる事も出来なかった。
体を限界まで酷使して、頂いたプレゼントが、病気の進行・再発という大きなプレゼントでした。
それはないだろ!とか思いながら、今日まで歩いてきた道。再発を繰り返し、病気は進行し、社会へ出る自立は、はるか遠い場所へ・・・。

今は自分の体を生きるために管理するというのが、毎日の私のお仕事で、就労にもつけず、社会的に生産的な役割も出来てません。

だけど、いつか思うのです。
ほんとうにいつか・・・また、社会に出たいと。
そして今度こそは、無茶をせず、できることを、したいと・・・。
それが、難病という爆弾を抱えながら、私が生きながら、社会に少しだけ、貢献するということだと・・・。
【2007/06/23 16:25 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
かんさつ
かんさつ
日々の体調管理に、「めやす」としていることがあります。今日は、その中のほんの一部を、ご紹介。

++熱 病気非活動時;36度後半平熱 病気活動時;38度~42度高熱++
今はたいてい、38度後半が平熱というところです。
39度を超えると、注意し、40度を超えると若干の意識障害を生じます(だいたい毎日、朝と夜の測定)。
体温調節ができないため、気温が高いと体温が上がり、冷やしすぎると低体温となる。
解熱剤が使えないため、室温調整に心掛け、寝衣・掛け物・体幹部の冷却等を使用する。

++呼吸状態;回数は、50~70回前後++
私の歳での呼吸数は、通常12~16だそうです。
常に努力性呼吸(肩で息をする)がみられ、気管~胸(気管支)にかけて、ゼロゼロが多くなり、狭窄性の呼吸困難だと、笛のような、ピューという音が、聞こえる。
熱が39度を超えると、ゼロゼロ音が増強し、吸引が必要。
喘鳴の強さと場所、血中酸素飽和度の低下、心拍の上昇、鼻翼呼吸等の具合により、吸入・吸引を考える。

++咳;毎日若干ある++
ゼーゼーが強く、それに伴った咳は、すぐに吸入・吸引を考慮し、ゼーゼーがそれほども強くなく、コンコンと乾いた咳の場合は、吸引のみとする。
連続性に咳が続く場合、肋骨骨折の危険があるため、直ちに鎮静が必要。

++鼻水・鼻づまり;ほぼ毎日++
鼻水は体が冷え、体温が低くなると出やすく、体温が上昇すれば、鼻詰まり・鼻出血がおきやすい。
鼻血は、一度起きると2時間は止まらず、止血に時間がかかる。大量に出血するため、大半が口の方に流出し、吸引が必要。飲み込んでしまった場合は、運が悪ければ腸で固まり、閉塞発作が起きる。
咳がひどくなり、呼吸や表情にゆとりがなくなって、心拍が190を超すと鼻腔吸引と同時に吸入も考える。

++心拍 安静時;140~160/分 体動時;170~200/分++
普通、心拍数は、新生児で120/分前後、乳幼児で110前後/分、学童期で100前後/分、成人で80~90が通常の心拍として知られている。
100を超えると頻脈と定義され、60以下は徐脈と診断される。
1分間に180~200回が1分~5分以上続くと、余裕がなくなり、意識がなくなる。
常にサチュレーションモニターを接続しているため、数値を観察し、対処。

++血中酸素濃度;45後半~50前半を目標(酸素継続使用中)++
普段は、43~45%留まり。何かしらの発作が起きると、41%以下になり、全身蒼白になる。
30%台になると、虚血発作がおき、脳への障害が懸念される(通常99~100%)。
サチュレーションモニターを観察、熱や心拍、呼吸との関係が深い。まれにモニターのはずれや接触不良のことがあり、ヒヤっとすることがあり。

++表情;表情筋がまだ侵されていないため、笑うことはできるが、こわばりが強く、普段は無表情++
誰かがそばにいるとそっちに夢中になってしまうため、比較的表情は柔らか。特に信頼している人物であると◎
表情は、体調と比例傾向。

++言葉・発声;言葉の遅れはない 発声障害があり、うまく声を出すことができない++
気分がよいときは、自らの発声ができるが、こちらからは進んで声を出さない。誰かが語りかければ、話ができる。

++視覚;右目完全失明・左目裸眼0.06 メガネ装着時0.08~0.1++
神経疾患の再発時は、裸眼視力0.04以下になり、ときに測定不能も。メガネを装着しても、改善みられなく、よくて0.06である。
常に乾燥状態で、よく目の感染症になる。
拡大鏡を取り付け、正面20センチまでは何とか見える。乱視・弱視あり。

++聴覚;右耳高度難聴 左耳中度難聴++
先天性難聴で、右耳だけでは、ほとんど音を聞き取ることができず、左耳で何とか人の会話を聞き分けることができる。会議室など複数の人が話す場では、聞き取り難く、誤解等が生じる。一対一の会話は、ほぼ支障なく聞き取れるが、ときに唇話術が必要なときあり。

++嗅覚;匂いは比較的敏感に察知する++
鼻炎があるくせに、匂いに過敏。
香水・花・消毒薬等の匂いに敏感。ある種の匂いに、けいれん発作(てんかん等)、アレルギー反応を起こす。

++味覚;個人的に辛いもの好き++
辛いもの好きだが、食事制限のため、満足に食べれない。甘いものが苦手だが、低血糖であるため、摂取を余儀なくされる。糖分をとりすぎると気持ち悪くなり、頭痛・意識喪失へと繋がる。

++嚥下;障害中等度++
飲み込みの障害があり、先天性の病気のため、うまく食べ物を咀嚼・飲み込みできない。
食道に入るべきものが、気管支に誤って入りやすいため、よく誤嚥性肺炎になる。
場合によって、経静脈栄養・経腸栄養等が開始される。

++触覚;感覚まひ++
両下肢に若干の感覚まひがあり、触られている感覚がない。指先から、徐々に上にあがっていくような感じが起きる。上肢にもみられ、特に右に強い傾向がある。

++睡眠;平均3~4時間程度++
依然は、痛みがないときで、一日最高記録、24時間中22時間寝たことがあり(傾眠発作時)。
今は常時痛みのため、3~4時間寝られればよい方。
ときに、1時間しか仮眠が取れず、心身ともに参ってしまう。
たいてい、明け方に眠りにつき、午前中はうとうと。痛みのために睡眠が妨害されることが、多々あり。
痛みが治まると同時にひどい傾眠傾向があり、発作の終止に比例して、意識を失うように、眠り込んでしまうことがよくある。

++胃残量;朝・昼・夜もほとんどない(白い透明~鮮血)++
あまり食べれないので、胃に残るものも、ほとんどない。ほとんど空気か、出血性の胃液。

++尿量;1日300ml前後++
色が薄い。常に乏尿状態。
よく血尿を出す。

++食事;厳しい食事制限++
1年の絶食期間の後、食べれそうなものをチョイスし、特別食を摂取中。
固形食は無理で、刻み食及び流動食系。
食事抗原にアレルギーがあり、また生まれつき消化酵素が欠損しているために、食べてはならないものが多数。

++むくみ;常時あり++
調子が悪いとまぶたが腫れ、手足の甲が腫れる。
全体的な体のむくみもある。
季節の変わり目、気温、天気にも左右されやすい。
薬の副作用で、ムーンフェイスもある。

++発作;種々の発作あり++
てんかん発作;全身けいれんから目の焦点が定まらない軽い発作まで、一日数十回は起きる。大きな音や光で、発作が誘発されやすい。
喘息発作;季節の変わり目、天候、気温、不整脈発作時、夜間から明け方、感染時、あるいは突発に発作がおきやすい。心臓の関係から、現在内服薬は服用しておらず、ステロイド剤のみとなる。発作時は、β2刺激薬の吸入を併用。
不整脈発作;200を超える頻脈であれば、抗不整脈剤を試すより、DC(電気除細動)で元の心拍に戻す試みをする。徐脈の場合も同様であるが、頻脈の方が頻度が高いため、徐脈の対処は、あまり経験がない。

++舌の荒れ;常に乾燥状態++
常に乾燥していて、舌が白くなり、ところどころひび割れる。部分的に円形のただれが出始めると、何らかの感染症にかかりやすくなり、注意が必要。

++口腔;乾燥++
病気の関係上、常に乾燥状態で、口内炎がひどく、反復し、よく歯肉炎になる。

++全身++
体調が悪いときや何らかの食事を取った後に、全身じんましんが出やすい。



これが、私のからだのきろく。
【2007/06/23 16:21 】 | 日々の日常 | コメント(1) | トラックバック(1) | page top↑
泣いた日・・・
今日は泣いてしまった日・・・。

担当の訪看さんのお子さんが急な発熱で、お休みされた。
変わりに来た訪看さんのひとこと。

「痛い痛いって、どこが痛いの?がんばって、元気にならなくちゃ。あなたが治りたいって気持ちが弱いから、良くならないのよ。歩けないのも同じ。例えみんなが回復の望みはないって言ったって、患者は希望を失っちゃダメなのよ。」と、あなたの為だというお話を薀蓄話された後、帰っていかれました・・・。

あの、私の気持ちはどうなるのでしょう?この怒りや戸惑いや空しさは、どこにぶつければいいですか?私の気持ちが弱いからですか?
私の努力が足らないからですか。
だったら、今すぐ歩かせてください。
今すぐ、この痛みを治してください。
今すぐ・・・希望を与えてください。
私に、「明日」を見させてください。
あなたは本当に看護師ですか。患者の心に寄り添い病んでいる人をケアする人間ですか。痛みもわかってもらえない、共感も出来ない、それよか、自分の視点でしか看れないような方に、私は自分の痛みを伝える事は出来ません。
信用することも出来ません。がんの痛みが、膵臓への痛みがどれほどのものか、あなたに想像できますか。身を引き裂かれそう・・・いいえ、いっそのこと、引き裂かれた方がどんなにいいでしょう。
一瞬のことで、どんなに楽でしょう。

モルヒネ漬けを否定するのなら、痛みを取り除いてください。私だって、好きでこんな体になったんじゃないんです。好きで、麻薬であるモルヒネに頼っている訳ではないんです。

「麻薬ばかりに頼ってると抜け出せなくなるよ。シャブみたいに。少しくらい我慢しなさい。」

あなたの言葉が、何倍もの痛みとなって、私に届きました。医療薬としてがん治療・他の疾患の治療として処方されるモルヒネの量では、まず中毒にはなりません。あなたは、看護師なのに、誤解をしたままケアに携わっているんですね。恐ろしくなりました。でも、文句は言えません。
半分も、3分の1も言えません。言ったからとどうなるでしょう。何かが変わりますか。伝えれば伝えるだけ、所詮他人事なんだという思いが、芽生えるだけ。夜も眠れない。昼も、いつ激痛に襲われるかわからない。
冗談でも、大げさでもなく、なんでこんなに痛いの?

一人になってから、あたしの心は涙でいっぱいになった。
せめて、寝返りくらい一人で打ちたい。一人で座りたい。一人で食事がしたい。一人で息がしたい。一人で排泄したい。空をみたい。外に行きたい。勉強したい。あそびたい。
私は歩けるようになりたいとリハビリも頑張ってきた。治療もサボってたわけじゃない。毎週毎週点滴に、足りない酵素や輸血のために、病院に通った。雨の日も風の日も、それこそ台風の日でも。嫌いな怖くてどうしようもない、雷がなっている日だって、毎週毎日、治りたいと、これ以上病気進んでほしくない気持ちで、いっぱいいいっぱいな気持ちで、通ったんだ。
治りたい、良くなりたい。決してあきらめたわけじゃない。でも、あきらめないと生きては行けない現実があることを、どうか少しでも、わかってください。
手放さなければ、今を、今日を、生きてはこれなかった。生きるのに、今を生きるのには、必要のないものを、排除し手放し、それはやがて失っていくもの。治りたい・・・良くなりたい・・・学校行きたい・・・病気再発進行して欲しくない。

そう思って・・・どれだけ、裏切られたことだろう。この想いに、この病気に。
絶望し、失望し、この世のどん底を知り。それでも、そこから這いあがろうとした。一生懸命、崖下に落ちたそこから、這いあがろうとした。でも、また上がっても、またどん底に突き落とされるんだよ・・・その繰り返しなんだよ。
希望や気の持ち方や精神力で病気が治るのなら、病気なんて単純でいい。薬なんていらない。お医者さんもいらない。看護師さんとの出会いもなかった。
がんばって、がんばって、がんばる事に疲れてしまっている今、「がんばれ」と言われるのは、過酷だよ・・・。

将来のこと、先のこと、明日の事に、答えを見つける事は、簡単なことではない。明日さえ不確かなまま今日を生きる私たち親子には、とてつもなく重い課題。

「また、明日ね!」そう言葉に出来る、あなたとの距離を、感じてしまう。私とあなたの温度差を感じてしまう。そして、一人で孤独になる。

生きる事、明日を描けること、自分の力で息をすること、排泄すること、寝返りが打てること、文字が書けること、食事が出来る事、学校に会社にいける事・・・。
普通の人が、ふつうに出来る事なのに、働くことも学ぶことも、自分で生活し食べる事も。それさえもままならない私は、人間として価値がないのだと。
生きている意味なんて、どこにもない。私は弱いから、涙でいっぱいになって、抑えきれずに、溢れ出てしまうのです。

感情が止められないまま。今日を生きることしかできないのです。
明日を語れるあなたがうらやましい。
1週間後のことを話せるあなたがうらやましい。
1カ月後のことを思い描けるあなたがうらやましい。
1年後のことを映し出せるあなたとの距離を感じます。

どうしても、埋まらない、溝。

話しても、伝わらぬこの想い。

仕方ないのだと・・・自分に言い聞かせる。

シカタナイ、シカタナイのだと・・・・。
【2007/06/23 16:10 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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