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ボランティア日記?
2つのディだけに絞ったのに、それも長くは続かなかった。どうして、病気は私から大切なものを、奪うのだろう。どうして、もう少し、待ってはくれないのだろう。
もう少しだけ…続けさせてください。。
お願いします。


どんなに願っても、どんなに祈っても、神様も病気も、私に味方はしてくれませんでした。
各施設をやめてから、2ヶ月後の10月。
再び、心臓が停止して、病院にいました。


心臓と免疫、神経主治医から
『残念だけど、もう続ける事は出来ないよ。Ressarちゃんが今まで頑張ってきたの、先生知ってる。だから、君にやめろ。というのは出来るものなら言いたくない。君は、ボランティアで自分を取り戻して、すごく成長したと思う。でも、君の病気は今も現在進行形の形で、進んでいっているんだ。今、生きていることも不思議な状態なのに。』
『君のがんばりは、良く分かったから。君はもう、十分に社会に貢献したんだよ。もう、自分を解放させてあげなさい。』
『Ressarちゃんの思いは、皆良く、分かってるよ。でも、自分もしんどいのに、そんな体で何が出来るんだい?君がしんどい思いをしているのを、知ったら利用者さんも悲しむと思うよ。中にはそんな人には来てほしくないと思う人もいるかも知れない。もう、十分頑張ったんだから、もういいんじゃないか?』


と言った。そう、かも知れない。
もう、限界かも知れない。体はパンク寸前でした。
心臓の高鳴りは、やむ事がなかった。寝る時も、安静にしていても、高鳴り続ける心臓。どうして、治まってくれないの!もっと、続けたいのに。もっと、彼らといたいのに。お願いします、後少しだけ。あとほんの一カ月でいいの。それまで、どうか。私の心臓。持ってください。


11月27日の15歳の誕生日を最後の日と決め、私は残りの1カ月をがむしゃらに、ただ一心に、通いました。あと、1カ月。自分の誕生日の日を最後と、自分自身で決め、自分で納得し、使命を、終えたかった。
誰に言われるでもなく。誰の言う通りにするでもなく。
私は、自分自身で決め、この世界に入った。だからこそ、最後も、自分でけじめをつけなければ、いけなかったのです。
最後の日を決めてから、私はあるものを製作していました。利用者さん全員とスタッフ全員に渡す、星のキーホルダーを一つひとつ、仕上げました。
私が、いなくなっても、ずっと長生きしてほしい。そして、星のように、輝き続ける彼らでいてほしい。という願いを込めました。


そして、迎えた最後の活動日。


特に思い入れが強い在宅サービスステーションMでは、途中責任者の方が突然やめ、部長だった職員が責任者となり、そして、彼と出会った場所。
ここの利用者さんにも、特別な想いがあります。
そんな在宅サービスステーションMでは、最後の日は、いつも午前中だけの活動だったけど、午後もいようと母の手作り弁当を持参して、一日いることにしました。
午前中は、いつもと変わらない風景。
私も最後だからと、気を張って、いつも以上にがんばりました。送迎も、入浴介助も、話し相手も、食事介助も、レクリエーションも。
午後からのレクリエーションの時間。
椅子を丸く並べて、その中心に突然、スタッフからそこに行くように言われました。事前の打ち合わせでも、何も言われていなかった私は本当に、『???』で、何が起きるのかドキドキしていました。


すると、利用者さんはじめ、スタッフ全員が一輪一輪の花を持ち、私に渡してくれたのです。
思いがけない『お別れ会』に涙が止まらず、本当にここまで頼ってくれた彼らに、頭が下がる思いでした。
いつもは、ちょっかいばかり出して、困らせてばかりの利用者さんも、あの日だけは。涙を浮かべて、私に『今までありがとな。もう、可愛いあんたに会われへんねんな…』と言ってくれました。
利用者さん、スタッフ全員から受け取った一輪一輪の花は、大きな花束となり、私の小さな手では、抱えきれないほどのものでした。
今でもあの時の事を、鮮明に思い出すことが出来ます。
そして、ある認知症のおばあさんがいました。私と彼とで、担当していた利用者さんで、自分の事も、相手の事も、ご家族の事も、記憶にないおばあちゃんで、こちらの言っていることも分からないようなおばあさんでしたが、この日は、しっかりした表情で、今まで見せた事もないはっきりした口調で、
『ありがとう。』と言ってくれたのです。
あの時程、嬉しかったことはありません。
だって、いつもうつろな目をしていたのに、私の目をはじめて、見てくれたのですから。
責任者の方から代表としてもらった、誕生日プレゼント。私にとって、ここで学んだことは人生のかけがえのない宝物となり、財産です。ここで、活動出来てよかった。辛い事もあったけど、ここで、出会った人たちの事は、出来事は、私がおばあさんになって、彼らと同じように、介護される側となっても、忘れない。


星のキーホルダーもとても喜んでもらえ、苦労して100個も作った甲斐がありました。
中には、さっそく袋からあけて、かばんや財布につけてくれるお年寄り。彼らの姿を見る事は、もうありません。悲しいけれど、これが現実。私が選んだ道なのです。本当は、ずっと、続けたかった。でも、私の病気は、待ってはくれません。


最後に2枚の色紙をもらいました。スタッフからと利用者さんからの想いが詰まった色紙。
最後のあたりは、もう自力で自転車を漕いでいく力もなく、タクシーを使い、行きました。その日はちょうど、雨で、私の心の中を反映しているかのようだった。
自宅へ戻り、色紙を見て、再び涙しました。


そこには、たくさんの
『ありがとう。』と『お疲れさまでした。』の言葉が。
『土曜日に現れる可愛いエンジェルRessarちゃん。その優しい心でたくさんの人々を、力づけてくださいね。』
麻痺がある利用者さんの、必死で書いた字。
『希望を与えてくれてありがとう。』
これが、どんなに嬉しかったことか。
今でも、この色紙を見ると、涙が溢れます。
そして、あのころを思い出しては、涙します。
だから。もう、この色紙は、本棚の奥に、閉っておこうと思いました。涙が誘われないように。
でも、ふとした拍子に、どうしても見たくなります。
そんな時、泣くのは分かってて、読んでしまう。
そして、また。涙します。


今も、その繰り返しです。


もう一つのMTディサービスセンターでは、誕生日も兼ねて、旅立ちのお祝いをしてくれました。
そして、バースディプレゼントをスタッフや、利用者さんから貰い、ここでも、色紙を貰いました。
その日来れなかった利用者さんは、スタッフに、
『あの子、ビーズが好きやって言ってたから、今度きたらこれあげて。』
と、可愛い袋に入ったビーズをたくさん、もらいました。


責任者の方から、『また、あそびにおいで。』と言われ、暖かい気持ちになれました。


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【2006/11/07 18:36 】 | ボランティア | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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