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ボランティア日記?
すべてのボランティアをやめて、1カ月後のクリスマス。
私は、MTディサービスセンターの責任者の方に呼ばれ、クリスマス会に参加していました。
もう、これが、本当に、最後だという思いで。


同じ、在宅サービスステーションMで働いていた彼と、その後利用者さんの近況も聞いたりしていましたが、のちに彼も隣接された特養へと異動し、彼らの情報は、途絶えてしまいました。来る連絡といえば、
『〇〇さんが、亡くなった。』というものばかり。
そのころの私は、もう動く事もやっと、であり、本当にあの頃、動けていた自分が信じられないくらい弱っていました。


その後一気に体調を崩し、今まで苦労して、登ってきた坂道を、まるで転がり落ちるように、急激に悪化し始めました。
そして今。寝たきりとなり、自分では何も出来なくなった。それは、ある一方で、予期していたことだったのかも知れません。
今は、あの頃がただただ、懐かしく、感傷に浸るばかりです。


あの頃、無理をしなければ、病気はこんなに早く進行しなかったかも知れない。
まだ、歩く事は出来たかも知れない。


でも、後悔はしていません。
あれが、私が望んだ道だった。これが、私が選んだ選択だった。そして、これが、私の人生です。


ボランティアで学んだことは、たくさんあります。
ボランティアで教えられたことは、たくさんあります。
ボランティアで見たものは、たくさんあります。
ボランティアで経験したものは、たくさんあります。


そのどれもが、私の人生の財産であり、守り続かれる宝物となるものでした。
ボランティアをしていて、よかった。
あの時、無理をして、よかった。
あの日、自分の信念を貫いて、よかった。


もし、私が病気でなかったら、きっとボランティアをしたいなんて、思わなかった。自分を見失う事もなかったでしょう。ふつうに、暮らしていたら、気づかないことに、病気を通して気づいたことは、いくらでもあります。
彼らと出会えたことに、感謝します。
あの、辛かったけれども、幸せだった日々を、一時でも持てた事を、誇りに思います。


ボランティアとして、彼らに関る事が出来た事を。
ボランティアとしての、存在意義を、そして私個人の生きる価値を再び、見いだす事が出来たこと。
それは、すべて、ボランティアが教えてくれたことでした。人を向き合う事が怖く、人と関る事を拒絶していたあの頃。自分を見失い、自暴自棄となっていたあの頃。中途半端な想いで、入ったこの世界。
でも、そこは思ったより厳しくて、それでも優しい世界でした。人を思いやる気持ち、人をいたわる心、人を信じる強さ、人を好きになる想い。
人として、いくらか未熟だった私は、ほんの少し。ここで、成長できた気がします。
もう、自分を見失ったりはしない。そう、ぜったいに。
これから、何があろうとも。。


ボランティアの頃、繋がりを持った、人たちは、今でも私の良き理解者であり、時にヘルプをしてくださるサポーターです。元気がない時、しんどい時、手をさしのべてくれる、人がいる。
そう、このボランティアで、私は、またひとつ。
大切なものに、気づかされたのです。


もう、見失いたくない。
やっと、手に入れた『希望』と『勇気』を。

ずっと病気ばかりで、本当に、病院と家が、生活の場所だった。
そこから、一歩。社会に出た、まだ中一だった幼き私。学校にもいけなくて、社会の事なんて、全然分からなかった。
でも、ボランティアという世界で、社会の厳しさを知り、社会の優しさを知り、社会の窮屈さを知りました。


『ボランティアが生き甲斐』だった。
忙しく、本当にしんどかったけれど、心は満たされていました。
もう、あの頃には、戻れない。
そして、あの楽しかった日々と、彼らには、もう二度と。出会う事はない。


ありがとう。
私に、夢を与えてくれて。
ありがとう。
私に、勇気を与えてくれて。
ありがとう。
私に、自信を与えてくれて。
ありがとう。
私に、信じる強さを与えてくれて。


ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。


そして、さようなら。
あの日々よ。
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【2006/11/07 18:37 】 | ボランティア | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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