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生きている限り。
生きている限り、失うものは、何もない。


障害が進行して、1つ1つ失ったかのように思うが、今の自分にできる事が、必ず、あるはず。
当たり前にあるかのように思う事が、どんなに幸せか、わかった。
生まれる事、その奇跡だけで、十分幸せなのだ。


年間、100人もの子どもたちが、自殺しているという現実。なぜ、今までニュースにならなかったのか?
いじめが、原因の自殺は、0件との報告…。


ほんとうだろうか?


いじめた人間が?自殺した人間が?
誰が悪いとか責めるより、なぜいじめは起こってしまったのか?
いじめの起こった、場所、時間、流れを、きちんと調査してほしい。
誰かに責任を押し付けるのではなく、逃げるのでもなく、どうしたら、いじめは二度と起きないか?を、大人も子どもも、きちんと考えて欲しい。


私たち、社会に問題はないのでしょうか?
死ぬ事でしか、人の役に立てないと、思う時って、あると思う…。
私も、そう思った事、ある。
だけど、とりあえず、今を生きて欲しい。
あたしは、今を生きていたい。
例えそれが、痛みを伴う行為であっても、その痛みも生きているからこそ、感じる痛みであって、痛みも苦しさも、かみしめたいと思う。


命を失わないであげて。
死んだら、何もかも、失くしてしまう…。
生きる事は、失うものでもあっても、また得るものでも、あるんだよ。生きているからこそ…。
だから、自分の命を。




障害を持って、『死にたい。』と思ったこと。…ある。
病気が進行して、誰の手にも負えなくなって、車椅子へとなり、そして寝たきりとなり。
人の手を借りねば何も出来なくなった、体に失望し。何度も死ぬことを考えた。毎日何かしらの発作を起こし、痛みに耐え、迫り来る死と闘った。
この世の最大の絶望というものを知った。
痛みがものすごくて、苦しみも半端ない。


闇に閉ざされた世界で、たったひとりで。向き合った。
理解してくれる先生たちにめぐり合うまで。
何度も何度も挫折と失望を経験した。
人間の弱さも汚れた心も。


『お嬢さんは長くは生きられないから、今のうちに好きな事をさせてあげなさい。』

『長くは生きる事出来ないから、おうちでご家族で、過ごす時間を大切にされてください。』


そんな言葉ばかりを言われ、在宅医療を続けてきた。入院しても出来る事はないから。良くなることはないから。
どんなにしんどくても、入院すらさせてもらえなかった。
あの時ほど、医療はなんのために、誰のために存在するのだろうと思った。
在宅で出来る事には、限りがあります。
難病患者はほとんどが回復することはなく、治療も難しい。
だから医療界から見放される。
なんでもかんでも、在宅医療に任せっきりなんて、そんなの『優しい医療』でもなんでもない。
それは、ただの『押し付け』にしか過ぎない。


在宅医療のサポートは、決して整っている。とは言えません。制度も設備も、安全も不確かなまま。
不完全なままの場所に、難病患者や在宅で暮らす重度障害者は、行き場のない感情と向き合います。


在宅生活を続けて、母の疲労も溜まり、助けてもらう人もなく、周りに頼る人もいなく、どんどんやつれていった母の姿を、見るのはとてもつらかった。
私さえ、いなければいいと、思った。
疲れきった母の顔。精神的にも参ってしまって、何も罪のない弟に当たってばかりだった。


私のせいで、家族が壊れてく。
私のせいで、家族が疲れてく。


そうなるのは、避けたかった。在宅にかえって、家族が疲れたら、その時は、死のうと思った。
それしか、道は、ないと思った。


容易に、

『病院より家がいいわよねぇ~』、
『おうちに帰れて良かったね~』、
『やっぱり家がいいでしょ?』


なんて、言わないでほしい。在宅での生活が、本人にとって、家族にとって、どんなに大変なものか、分かりますか?想像できますか?
10分以上離れてはいけない。
いつも監視しなければならない。
2時間置きの体交。
吸引・吸入・薬剤管理。


重度難病児を育てるということは、そういうことなんです。それに、日々の家事がつきます。
母の一日はとても、大変。
朝誰よりも早く起き、父を見送り、弟を起こしてご飯を食べさせ、朝の支度をして、学校へ見送り。
掃除・洗濯・買い物。
それに、祖父母の介護も加わるんです。
母が倒れないかと、いつも心配です。
介護をするものにとって、在宅での生活は生易しいものではありません。
自らのいのちをも削られる覚悟がなければ、やってはいけないのです。


在宅を始めると、益々自分の気持ちが苦しくなり、家族には倒れさせない、家族を苦しませるくらいなら、自分が全部苦しみを抱えてやる。と覚悟したものの、全てを一人で抱える事に、疲れてしまった。



リハビリしたら、回復するかも?
自立できる?と前向きになるも、また再発し進行したりで、現実の厳しさにあきらめたり、また…、
『死にたくない。』
と生きる事に、諦められなかったりした。


寝返りが出来ない辛さ。
痛みが治らないしんどさ。
生きるのに、介護が必要な重み。悲しみ。


自由に寝返りが出来ない。
痒いところを掻けない。
美味しそうな匂いを嗅ぐだけで、食べられない。


その辛さは、生きるのには、かなり辛い。


トイレもいけない。
お風呂も入れない。
食事も出来ない。
介護してくれる人がいないと、生きられない。


人の顔色を伺い、遠慮することに慣れる。
家族でも気を使う。
傷もつけ合う。
他人だから、頼みやすい事もある。
だけど、他人事の悲しみとも出会う。


四六十中の痛みと痺れ。痙攣も襲う。
体の辛さが続くならば、死んだ方がまし、と正直、思う時もある。


いつまで私が、がんばれるかな?いつまで周りが介護を、がんばってくれるかな?


死ぬのは最後の選択。最後の最後に、死ぬ事を選べばいいと思えば、今の苦しみが幾分か、楽になった。

私はたぶん。怖がりだから、死ぬ事出来なかった。


死ぬの、明日にしよう…。
ううん、明後日にしよう…。


そうして、今まで生きてきた。
だから、やっぱり、死ねないんだ…。
弱さがあるから、あたしは今、ここにいるのかも知れない。
強くなろうとしなきゃ、生きられなかった。
世の中、あたしは、生きててすみません。な存在だとしか思えない。


死んで楽になる事は最後。
みんな、いつか死ぬのだから。



生きてていいって言ってくれた人がいる。


生きなきゃダメと言ってくれた人がいる。


自己中心になりすぎた時、あたしは死にたくなる。
生きていても、楽しくない。
死んだら楽になるだろうか?
でも、体の心の痛みや辛さを、強く耐えようと決めた。生きるには、強くなるしかなかった。


あたしは、弱い。だから、時々今でも死にたい。と思う時がある。
家族のためだとか、言って今まで生きてきたけれど。もうそろそろ、仮面を剥がして本音で生きたいと思った。
そしたら、死にたい。と願う自分が出てきた。
でも、結局いつまでたっても、死ぬ事出来ないんだ。


あたしには、体が自由に動かないから。
あと数十センチの距離にある薬に、手が届かない。
もし、手が届いたら…それで?どうする?
数グラムの瓶を、口へ運ぶことさえ出来ないんだ。
あれを飲めば、一気に死ぬ事出来るのに…。


ひとりでは、何も出来ない今。
ひとりでは、死ぬ事すら出来ない。
弱い自分。情けない自分。


でも、きっと…動けたとしても。
死ぬ事に躊躇してしまう、あたしなんだろう。



死ぬの、明日にしよう…。
ううん、やっぱり明後日にしよう…。
明後日?ううん、しあさってにしよう。


そうして、生きている。乗り越えている。
全然前向きじゃない、あたしの生き方。


だけど、こうして生きている。そして、生きていく。


亡くなった闘友の無念さを、思いながら…。



今まで、明かさなかった死の本音も、書きたいと思う。



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【2006/11/23 00:18 】 | 想うこと | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--ありがとう☆--
Ressarさんへ

コメントのお返事すごく嬉しく思いました。
Ressarさんのご両親のHPも前から拝見させてもらっていますよっ。(^o^)/
私はRessarさんとの出会い、そしてこの奇跡の縁を大切にしたいと思います。
私は、ものを書く事が好きなので、私もブログを作ってみようかなって思っているので、その時は報告しますね☆
また書きます!
by:mayu | URL | #ih9qgads【2006/12/01 11:27】 [ 編集] | page top↑
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mayaさんへ
両親は、PC使えません(^^;)
親HPの方も、私自身が作成したものですよ。
是非、またいらしてくださいね♪
mayaさんのブログも、心から楽しみにしています。
by:Ressar | URL | #-【2006/12/01 12:20】 [ 編集] | page top↑
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