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彼との付き合い
そんないきさつから、彼と付き合い始めた訳ですが、私たちが付き合うには、幾つかのハードルがありました。
それは、越えても超えても、越えられないような、高い高い壁。
まるで、私とNが、これからの未来は、存在しないかのような、冷たい壁でもありました。


全てを受け止めてくれたN。
彼なら、全てを任せられる。と思いました。
今まで見せなかった弱さも、未熟さも、後ろ向いた気持ちも。
彼の前なら、自然と素直になれた。


しかし、仕事に私情は挟みませんでした。
あくまでも、仕事は仕事。
そう割り切らなければ、この世の中生きてはいけません。
職場には、私とNが仲がいいという、噂は立っていましたが、まさか付き合っているとは、思いもよらない事でした。
私もNも、仕事は仕事と割り切り、目で時々合図はするものの、仕事以外の事では、口をききませんでした。
彼には専門職としての、プライドがあります。
そして、私にも。
ボランティアとしての、プライドがありました。
プライドという名の意地が、そうさせただけの事かも知れません。


デートをする場は、たいてい決まっていました。
彼のアパートか、バイクで人込みを避け、夜景を見に連れてってくれたりしました。
人一倍、抵抗力がない私。
そんな私に、彼は、気遣い、そこまで・・・と思うような、温かい配慮と、優しさで、私を包んでくれました。
何も、必要なかった。
ただ、この幸せで居心地がいい、この時間が、長く続けばいいと、思った。


でも、それは、私の儚い夢であり、幻想であり、幻でもあったのです。
永遠なんて…続くはずがなかった。


病魔はふたりを引き裂く、人生において最大の苦痛を、私に与えようとしていたのです。


特別、喧嘩らしい喧嘩をした事もなく、私は幸せでした。彼の腕の中で、安心しきって眠った夜。
これ以上の、幸せは、ないと思った。
彼が傍にいる事。
それだけで、充分の幸せを感じる事が出来ました。

元彼を亡くし、初めて人を心から愛せた人でした。
心から、愛しいと思えた。
愛することを、再び教えてくれた大切な人です。


彼のぬくもりを、肌で感じ、今までにない力強く抱きしめてくれた、彼のぬくもりは、今でも覚えています。


病気の関係上から、外で会う事はあまりありませんでしたが、彼のアパートやドライブで、私の心は、十分満たされていました。
私が、海を見たい。といったとき。
彼は、十分な対策を練って、ご実家から車を借りてきてまで、私の願いを叶えようとしてくれました。
感染症にかかっては、大変だからと、自分の上着を着せてくれ、バイクで出かける時には、ヘルメットも、自分のよりはるか頑丈なものを、被せてくれました。


よく彼は、言いました。
『俺と会ってる時にお前になんかあったら、俺、お前の親御さんに申し訳つかん。』


彼の優しさを肌で感じ、そして、心で、感じたこと。
なんて、幸せだったのだろう。


地元をふたりで歩くとき、いつ利用者さんが見ているか分からないからと、手をつなぐことを、嫌がっていた彼でしたが、人波を避けると、手を繋いでくれる、優しい彼。
勤務時間もだいたい同じだったので、私は毎日、彼と待ち合わせをして、一緒に職場へ向かうことが多かった。ふたりで歩いた並木道。
昼休みもいつも、一緒だったね。


背丈もだいぶ違う、歳も10コ離れてる。
ふたりで並んで歩くと、明らかに彼が犯罪者に見えたことでしょう。
でも、そんなこと、どうでも良かった。

私が戦友を亡くし、悲しみにくれているとき、彼は、何も言わずにそっと、でも、力強く抱きしめてくれた。
何も聞かずに。
その、優しさがまた嬉しくて。
私は、温かい涙と冷たい涙を、知ったのです。
そんな、優しい彼に私は何か言おうと、嗚咽を挙げながら、口を開きかけようとすると、
『何も言うな!辛ければ泣いていい。』
と、言ってくれたN。


人の温かさを知りました。人のぬくもりを感じました。
愛される痛みを知りました。信じる強さを知りました。


お互い出勤時間も、帰宅時間も一緒だったので、仕事が終われば帰りに、夕食を食べて、家まで送ってくれる。という生活が長く続きました。
お互いの休みが取れれば、県外へもあそびに連れてってくれた。

彼はよく、待ち合わせ時間に遅刻してきました。
だから、私はいつも、彼から預かった合鍵で、彼のアパートへ行き、彼を起こすことも多かった。
子どもみたいな、彼のあどけない寝顔は、みているだけで、つい微笑んでしまうそんな、優しい笑顔でした。
モーニングコールも、いつもしていたっけ。


私は、親に隠し事はしない主義なので、彼と会ったときやその日の出来事を、母にありのまま伝えていました。母は、あえて聞きませんでしたが、私が勝手に喋っているという感じでした。
私とNが付き合っていることは、家族の誰もが知っていることで、特に母には、なんでも話しました。
けれども、父には怖くてそれ以上の事は言えません。


一度、デートで出かけているとき、父が付いてきていたことがありました。
前方から父がひょっこり現れた時は、さすがに焦って彼の手を引いて、隠れたこともあります。
何も疾しいことなどしていないし、隠れる必要もなかったと、後で彼と大笑いしたこともありました。


母にはありのままの出来事をいえましたが、やはり男親。彼の話を持ち出すと、たちまち不機嫌になって、手のつけようがないほど、やきもちを焼いて大変でした。
だから、彼と会う時は、ほとんど平日です。
日曜日にデートを入れようものなら、その日一日が、父のご機嫌をとるので、精いっぱいの日となることもありました。


よく、母が助け船を出してくれました。
父がトイレに入っている間、母が、『今のうちや!はよ行き!!』と身ぶり手ぶりで、表現して、家を出させてもらったことも何度もありました。
その後の母が、父のご機嫌をとるので精いっぱいだったことは、言うまでもありません。


仲が良かった私とNですが、一度だけ、本気で別れようと思ったことがあります。
それは、小さな小さな、すれ違いから生まれた葛藤でした。

彼は、私の体を気遣うあまり、そこには、思いやりという名の制限を加える事にもなったのです。

私がそこまで、しなくていい。と言っても、彼は、慎重にならざるを得なかったのかも知れません。
そこまで、私を愛してくれていたのです。
愛の重みを知りました。


このままでは、お互いがダメになってしまう。
私のせいで、彼の人生を縛りつけてしまうことは、許されない。
彼には、彼の人生がある。
そして、彼には未来がある。未来を、見据えて生きる事が出来る。
彼には、健康な女性と付き合って、結婚して、子どもを授かって、幸せになってほしい。
私と一緒にいては、彼の未来まで、暗闇の中に葬ってしまうことになる。
それだけは、絶対にダメ。
お互いが、嫌いになり、別れてしまう前に、好きなまま、素敵な思い出のまま、綺麗に幕を閉じたかったのです。


私から別れを切り出しました。
『このままだと、お互い嫌いになってしまうよ。もう、会わないって決めよう。』

私の一大決心にも関らず、彼は呑気にこう言いました。
「俺は別れんわ。お前を守るって決めたんや。そんな中途半端で、バイバイできるか。俺とお前との絆は、そんなものやったんか?簡単にバイバイできる程の、脆いもんやったんか?お前のせいで俺の人生縛られてるとは思ってないし、お前が例え俺を嫌いになったとしても、俺は絶対にお前を嫌いにはなられへん。だって、家族やろ?家族を嫌いになる人は少ないやろ?」


そのときの私たちは、恋愛感情というものとはどこか、違った愛を、築いていました。
それは、家族愛に近いものだったのかも知れません。

私は、彼の言葉を聞き、どれだけ自分が彼のことを、軽率に考えていたか、思い知らされました。

私たちの絆は、そんな簡単に揺るぎるものではない。
子どもの恋愛ごっこでは、ありません。
本気で愛した、本気で好きになった。


でも、いつしか、それは、家族愛という形の愛へと変化していっていました。
お互いがお互いの中に、住み始めていたのです。


N「俺の中で、お前は大切な存在や。でもな、俺はお前と並んで歩いてかれへん。俺はお前の前にいって、行くべき道を照らし出してやるか、一歩さがってお前の精神面の支えしかできへん。もし、お前に好きな奴が出来ても、俺は、お前から離れていけへん。好きになった奴に、兄貴分みたいなそんな存在がおることを、伝えておいてほしい。もし、俺に彼女が出来たとしても、彼女にもお前の事はすべて話すつもりやし、分かってくれるまで話し続けるから。」


そう、言ってくれた彼。
私は、そこまで愛される程の価値がある人間だろうか?
私は彼を精いっぱい、愛しました。好きになりました。
守りたい。と思った。愛しい。と思った。


でも、決して、ふたりは、一緒の道を歩む事は出来ないと、私は知っていた。
それは、憧れで終わってしまう愛。
でも、それでも、いい。
ただ、愛し愛される存在が出来たことは、私の人生にすばらしい価値を、見いだしてくれたものでした。


病気が悪化して、もう在宅サービスステーションMにはいけないと、言ったとき、彼は黙って力強く抱きしめてくれた。
私たちは口下手で、うまく感情を言葉に出来なかったけども、抱きしめ合うことで、なんでも伝わった。
それ以上の、言葉はないと思った。
言葉はいらない。ただ、ずっとずっと、抱きしめ合うふたりが、そこにいた。


私がディサービスを辞めて、その4カ月後。
彼は、隣接された特養に異動になりました。


特養に異動してから、夜勤もあり、休みも不定期になってしまい、なかなか会う時間はこれまでのように、取ることは出来ませんでしたが、彼は精いっぱいの愛を私に注いでくれていました。


彼からくるメールは、いつも心がこもっている言葉でした。私は、自分からメールをすることはあまりありません。メールは便利なツールだけに、相手の都合を考えない不便なものでもあります。
夜勤で疲れている彼を、起こしてしまうのでは?と考えると、安易にメールは出来ませんでした。
だから、彼からのメールを待つ事が多かった。
どんなに疲れていても、仕事が休みの時は必ずメールをくれたN。

彼が特養に移ってから、利用者さんの情報は、これまでのように滅多に入ってはきませんでしたが、彼が時々教えてくれる、利用者さんの話に、花が咲いたのでした。


利用者さんと組み、私をからかい、困らせていた彼。
その困った姿をみて、あどけない表情で笑う彼。
無邪気に利用者さんと笑い合う彼が、好きでした。

「お年寄りが好きなんだ」
と言ってくれた彼は、今年職業柄腰を痛め、長くこの職業に就けないとドクターに言われて、転職しまし
た。今は、PC関係の仕事をしています。


彼が、介護の現場を離れると決心するのには、どれだけの苦悩がつきまとったでしょう。
彼の心情を思うと、切なくなります。
そして、私自身がボランティアを辞めなければならない。とされた、あの頃の事を思い出しました。
私も、必死で悩んだ。そして考え抜いた末の厳しい選択でした。
彼も、迷っていました。
私は、静かに見守るしかなかった。
辛い時、言葉は無力です。私が辛い時、何も言わず静かに見守ってくれた、彼の優しさのように、私も静かに、彼を見守り支えようと、思った。


私が意識をなくし、危篤状態だった時、連絡を受けた彼は、夜勤中なのに、深夜の街を、バイクですっ飛ばして、駆け付けてくれた。
面会謝絶だったにも関らず、ドクターに無理を聴いてもらい、面会出来た時、意識を失いながらも、しっかりと彼の存在を傍に確認することが出来た。


『戻ってこい!帰ってくるって約束したやないか!一緒に帰ろ。』


と言ってくれたこと、聞こえていたよ。
でも、返事できずごめんね。声出せなかったよ。
だから、あたしは、涙を流したんだ。
あなたの声、聞こえているよ。という返事だったんだ。


ドクターが彼に言った言葉。

「覚悟はしておいて下さい。」


その言葉に対し、あなたは、

『覚悟は、彼女と出会ったときから出来ています。』


と言ってくれた、あなた。


私と出会った時から、あなたはいつかこうなる日を想定して、覚悟してきたんだよね。
覚悟がなければ、私と向き合えなかった。付き合って行くことなんて、出来なかった。
その切なさ、辛さ。
どんなに、大きなものをあなたに、背負わせていたのか、はじめて知ったんだ。


いつか、私はいなくなる。
あなたよりも、早く。


あなたは、いつも、優しかった。
そして、大人の愛を、私に注いでくれました。

いつか、言ってたね。
『お前の葬式の夢をみた。でも、お前は笑ってるんだよ。それで、俺に言うんだ。“しっかりして。あなたはあなたの道を、精いっぱい生きて。”って。夢ん中でも、お前は、自分の人生に責任を持つんだな。』



私たちは、恋人ではありません。友達でもありません。血が繋がった家族でも…ありません。
でも、家族以上の関係にたった、絆があります。
私たちは、一緒に同じ道を歩む事はありません。
彼に好きな人が出来たら、私は一歩退いて、見守ろうと思います。
そして、彼も、もし、私に好きな人が出来ても、関係を一切切ることはないでしょう。
切れるわけがない。
お互いの中に、住み始めてしまったのだから。


恋人でも、友達でも、家族でもない。
そんな、奇妙な関係のふたり。
でも、私たちは、確かに愛し合いました。
誓いました。
守りたいと。愛したいと。


例えその愛が、『永遠』では、ないにしても。


私たちは、それぞれの道を歩みだしました。
お互い、胸を張って歩いていけるような、人生を歩もうとしています。
誰にも恥じる事のない、たった一度きりの人生を。
この人生において、彼と出会えた事は、結果的に良かったというべきなのかも知れません。
でも、何度も、出会わなければ良かった。と思いました。そうすれば…悲しく辛い思いもせずに済んだ。


たった、一つ願いが叶うならば、
あの頃に戻して欲しい。とは思わない。
ただ、出会う前のふたりに戻して欲しい。と。
存在すら知らなかった、あの頃に。


好きになってごめんね。
愛してしまってごめんね。
傷つけてごめんね。
守らせてごめんね。


あなたに会えて、私は愛することの尊さを知りました。
あなたに会えて、私は愛する意味を知りました。
あなたに会えて、私は愛する強さを知りました。


いっそう、知らなかったら良かった。
お互いの存在を。
でも、あなたに出会えて、本当の愛を知ったんだ。
だから、もう、あの頃に戻りたいとは、言わないよ。

私たちは、それぞれの道を歩みだしたから。
私は私の道を、あなたはあなたの道を。
生きるんだ。


面会が許されない今。
大好きなあなたさえ、私は会えない。
そして、今の私には、例え面会の許可が降りたとしても、あなたに、会う資格はないと思ってる。


ごめんね、たくさん我がまま言って。
ごめんね、たくさん愛してしまって。
ごめんね、たくさん好きになってしまって。

ありがとね、愛してくれて。

あなたと出逢えた事、私の誇りです。
あなたと出逢えた奇跡。
あなたをこの世に生み出してくれた、あなたのご両親に感謝します。


あなたとの想い出を胸に、私は今日も、生き続けます。



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【2006/11/27 15:51 】 | 未分類 | コメント(6) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
--絆…--
辛い事、たくさんあったんだね
書いてくれて
ありがとう
彼氏さんとの絆、
うらやましいぐらいに、
綺麗で温かいよ
by:ゆきみ | URL | #-【2006/11/29 08:54】 [ 編集] | page top↑
--ありがとう☆--
ゆきみさんへ

コメントありがとうございます♪
辛い事も、しんどい事も、あったけれど、それは全て、自分を大きく、そして、今の自分を作り上げてくれました。

乗り越える・・・そんな強い事は、言えないけれど、私の幸せ、感じる今日この頃です♪
by:Ressar | URL | #-【2006/11/29 14:29】 [ 編集] | page top↑
--はじめまして--
はじめまして。
実は夏ごろから「いのちの再生」の方にたびたびお邪魔していました。自分の履歴をみて、ミーハーのように喜んでしまい、ずうずうしくもコメントをしにきてしまいました。

Ressarさんやご家族のがんばりを、どこかで我が子と重ねているのかもしれません。Ressarさんの綴られる言葉を、一言一言かみしめて読ませていただいています。

がんばれ、なんて言葉はおこがましくて使えません。こんなにがんばっているRessarさんに誰がそんな言葉を言えるでしょう。
遠くから応援することしかできませんが、応援しています。

またお邪魔します。
by:patora | URL | #KGAhWzec【2006/11/29 22:50】 [ 編集] | page top↑
----
patoraさんへ
はじめまして☆って…実は、私もはじめましてでは、ないです(^^;)
海くんのお母様ですよね。
以前に何度かお邪魔させて頂いた事があります。
足跡残さず、すみません;;
コメント、とてもうれしかったです。是非是非、これからもよろしくお願いします♪
by:Ressar | URL | #-【2006/11/30 13:30】 [ 編集] | page top↑
--今を生きる--
Ressarさんへ

初めまして、こんばんは。
少し前から、こちらのブログを拝見させてもらっています。
超がつくほど私は恥ずかしがりやで、、、
顔も名前もバレないのは分かっていても、
コメントを書く事すら恥ずかしく・・・そんな思いで何日も過ぎてしまい。
でも、この思いをどうしても伝えたいと思い、
こうして、書いています。

どうして、Ressarさんのブログに辿り着けたのかも分からないのですが、なぜか吸い込まれるようにクリックを押して、読んでいました。

世界人口62億人と言われ、その1人ずつに1秒出会えたとしても約200年かかると言われているのに、
メールで、しかも一方的にですが、こうして1秒以上の時間を過ごす事ができているのは、奇跡です。

私は、自分の思っている事を直接その人に話す事が苦手で、、、
なので、こうして文章にするのが大好きです。
文章でなら、思っている事を素直に伝えられるんです。

私は28歳ですが、同じ年代の女性の中で、
”いろいろな経験をしてきたランキング”があるのなら上位入選です。

そんな経験から学んだ事や学んだ感情は今となっては宝物です。

Ressarさんと私は同じ今を生きていると言う事。
今できる事、、、
今思う事、、、
今を大切に!

どんな人の上でも青空は広がっているよねっ!!!


by:mayu | URL | #ih9qgads【2006/11/30 16:38】 [ 編集] | page top↑
--mayaさんへ--
はじめまして☆
勇気を出して、こんな気ままな管理人の記事に、コメントを残してくれて、どうもありがとうございます♪
人と人とが出会う事。それは、奇跡のようなものです。
私とmayaさんが、こうして一つのネットを通して、出逢えたのも、奇跡であり、縁ですね♪
読んでくれて、ありがとうございます。
良ければ、親HP
(http://hp12.0zero.jp/192/liveharu/)にも足跡残してくださいね♪
コメント、とっても嬉しかったです。
ほんとに、ありがとう♪
by:Ressar | URL | #-【2006/11/30 18:53】 [ 編集] | page top↑
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