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粉雪

レミオロメンの粉雪が、ふと、懐かしくなり聴いてみたくなりました。
母に、ツタヤへ行ってもらって借りてきてもらった★


この歌を聞く度に、主題歌だったあるドラマを思い出します。
沢尻エリカちゃん主演の、『1リットルの涙』。


『病気は、どうして私を選んだの?』


このセリフを聞いた後、一瞬、あの頃の自分にタイムスリップした。


なぜ、自分が病気に選ばれたのか?
なぜ、私なのか?


元気に学校に通う、同い年の子達を眺めながら、あの子達の生きる場所が、別世界に見えた。


『人は過去に生きるものにあらず、今出来る事をやればいいのです。』


『足を止めて今生きよう。いつか失ったとしても、叶わなかった夢は、誰かに託したって、いいじゃないか。』


たった、16~20歳の女の子が、難病と向き合い、想いを文章に綴り、時には自分の悲運さに折り合いをつけながら、そして、皮肉にも、病気とであったからこそ、人間として、彼女は成長していく。


私も生まれた時からすでに、病気と向き合ってきたわけだけども、もし今度生まれてくることが出来たならば、元気に生まれたい!と思うけれど、病気とであったからこそ、今の自分がいるのであると思う。


時には、健康さにうらやましく感じたり、それは年老いて若い子をうらやむのと似たようなものかも知れないけど、だけど、絶対に私の人生じゃないと、学べなかったものって、あるもんね。


生じゃないと、学べなかったものって、やっぱり、存在する。
私って、人が思うより、結構たくましいですよぉ。
ちょっとやそっとじゃ、あきらめないし、くたばらないもん。それだけは、…自信がある。
そういうのって、やっぱり、今の人生だったからこその、おかげなんだよね。



死とはどういうものだろう?
私が死を意識しだしたのは、何歳だったか。
はっきりと死を意識したのは、5歳だったかな。


死について、語るのはまだ、早いとも思う。
たった、2歳で悪性腫瘍で、お星様になった女の子がいた。
まだ、25歳で、新婚の奥さんとまだ、1歳にも満たない、我が子を残し、病気で天国に旅立った男性もいた。


まだまだ、死は遠くて、死ぬ怖さを語る相手もなくて。


『死なないで』と、来る人、会う人から励まされるばかりで。どんなに、孤独で死んだだろうか。


俺にその命をくれと。
もっともっと、命を大切に、過ごしてくれと。
生きる者は、いずれ、死ぬのだと。


当たり前のように、ただ、日々を無駄に過ごす私たちには、伝わるだろうか。


死ぬなと、1秒で言葉に出来るけれど、生きる事が辛く、悲しく、生きる事に絶望した者が、
『生んでくれと、頼んだ覚えはねぇ!』
と言ってしまった、胸の痛みが、分かるだろうか。


生かされるという言葉を、理解するのは、容易くなく。
生きるという事は、もっともっと、難しい。
だから、もっともっと、生きる事に貪欲に、激しく燃えるように、人に迷惑を掛けたり掛けられたりして、たった、一つずつの、命は生かされなければ、ならないのだ。と、思う。


生きる事の難しさ。生きる事のしんどさ。生きる事を、今生かされていることを理解するのは、安易ではない。
でも、大切な人には、生きていてほしいと思う。
大切な人のために、生きていたいと思う。
たとえ、その行為が、痛みを伴う行為であったとしても。


人は皆、必ず死にいくもの。だからこそ、何も自ら死を急ぐことはない。
時間はどんな時でも、平等に流れ去るものだから。
苦しかったあの頃も、しんどかった今日も、いつか、
『あの頃』と過去化してしまう。


今日を、積み重ねるということが、生きているということ。
そして、明日を生きるということに繋がるのだ。


私は、生きる事に貪欲ではない。
死が来るのなら、それを受け入れようと思ってる。
生きる事に、失望もした。
この世の絶望も、知った。
だけど、この世で出会った大切な人たちに、大切なものを、大事な事を、気づかせてくれた。


でも、人はすぐ忘れて、そして気づいて。
その繰り返し。
どうして、人は忘れるのだろう?
どうして、人は気づくのだろう?


やっぱり、生きていたいと思う。
今を生きたい、と思う。


そして、忘れたものを、あの日手放してしまった希望を、もう一度。
この手で掴みたいと思う。
掴んでみたい。


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【2006/11/30 19:11 】 | 想うこと | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
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コメント
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わたしも「粉雪」はよくききました。
TVも見ていました。
ほんと、どうして私なの?ですよね。
私もずっと答えを探しています。

子どもが生まれた時先天性の障害がありすぐに手術をしなければと言われた。その時は緊急性があったので考えるヒマもなかった。
時間がたち子どもへの伝え方を模索し、私自身も答えが見出せていない「なんで私なの?」に最終的にはいきつく。そして心がワサワサする。また考える。

でも私の答えと子どもの答えが同じとは限らない。だから私は私の、子どもは子どもの答えを模索すればいいのだと気付いた。
伝え方はむずかしい。ましてや思ってもいない取られ方をしてしまう事もある。

RessarさんはRessarさんの答えがある。
それは時として変わる事もあるかも知れないけどその時に考えた答えはその時の真実です。大切にしてほしいです。

私も生きる事に貪欲ではありません。
ずうっと、生きているこの社会は修行の場だとおもってた。生きてる事もしんどいけど、自分から終わりにはできなかった。

でも何かお返しができないかと最近思うようになった。こんな私だからこそ何かできないかと・・。
まだまだ模索中です。
でもRessarさんには一番に報告したいとおもってます。

寒くなってきましたね。
温かくしておやすみくださいね♪色付きの文字

by:kazuko | URL | #-【2006/12/02 19:44】 [ 編集] | page top↑
--kazukoさんへ--
こちらでは、はじめまして♪
いつも、来てくれて、ありがとうございます☆
この記事を書いてる向う側に、読み手がいる事は、とても励みに、そして、嬉しいです。

kazukoさんのお子さんのご病気、私にはkazukoさんが今抱える悩みも共有できないけれど、kazukoさんがこれまで、お子さんのために歩まれた道。
決して無駄な事ではなかったと思います。
偉そうな事、言えませんが、kazukoさんと、出会えた事、私の宝物です。
ステキな想いを、お聞かせ下さって、ありがとうございます。とても、心が暖かくなりました。

今日は冷え込みますね。
kazukoさんご一家の幸せを、心から祈っています。
by:Ressar | URL | #-【2006/12/02 20:20】 [ 編集] | page top↑
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こちらこそ・・ごあいさつもおそくなって・・。
失礼しました。

Ressarさんの優しさで胸がいっぱいです。
私は親には何も話さなかったので、話せなかったので、今まで自分の病気のことを人に話したことはありませんでした。
隠さなくっちゃ、じぶんの気持ちを隠さなくっちゃってそればかりを思って生きてきました。

過去の日記をみると同じ事ばかり書きなぐってる1冊があります。
子どももこんな風に感じてるはずだ。苦しんでるはずだ。って思い込んでました。
でも私と子どもとは違うんです。
そんなあたりまえの事にも気づくのに何年もかかりました。

Ressarさんは他の誰ともちがう世界中でただひとり。自信をもってくださいね。
Ressarさんだったら十分作家としても活躍できるはず。

いつも祈っています。
Ressarさんのご家族にも温かい幸せが訪れますように・・・・v-25色付きの文字







by:kazuko | URL | #-【2006/12/02 22:19】 [ 編集] | page top↑
--kazukoさんへ--
こちらこそ、レスが遅くなり・・・。。

kazukoさんのこれまで歩まれた道。
とても、大変なものだったと思います。
自分との葛藤。親への想い。出会いや別れもあったと思います。
でも、それらを全てひっくるめて、kazukoさんの人生です。
お子さんの人生です。

人生や死を語るのは、私の歳では、まだまだ早いと思います。
けれども、そんな逆境の中、私は私の人生を歩む事を、決めました。
正直、毎日迷いの中です。
人は、誰しも迷い悩み生きるものだと、私の恩師が言っていました。

私が生まれ、そしてkazukoさんが生まれ、kazukoさんの大切なお子さんが生まれ。
その生き方は、それぞれでいろんな色があり、いろいろな花が咲きます。
それでいいのだと、思います。
生まれ、出逢えた奇蹟に、、感謝します。
kazukoさんをこの世に送り出してくれた、kazukoさんのご両親に、心から感謝します。
by:Ressar | URL | #-【2006/12/05 14:58】 [ 編集] | page top↑
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