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空への手紙。
今日は、元彼の、命日です。

5年前の今日。
彼は、骨髄不全からの感染症のため、この世を去りました。


彼と出会ったのは、7年前の私が、小4の時。
彼が、中学2年の時でした。
歳が離れていましたが、同じ小児病棟で、私は彼を兄のように、そして彼は、妹のように、大切にお互いの心の中に、住み始めていました。

私たちは、あるきっかけから、付き合いだし、そして。その2年後。
彼は、骨髄移植を待てず、他界。
私たちが一番、嫌う。感染症で、彼の命は、僅か16年で閉じてしまいました。
同じ病気で(急性骨髄性白血病他)共に過ごし、共に闘病し。
同じ時間を、時を刻んでいた。
彼は、私を本当に愛してくれていました。
決して、子どもじみた恋愛ごっこではなかった。
そんな、小学生と中学生で、本物の愛を築けるわけがないとも、思われますが、私たちは、本当に、愛し合っていた。

無菌室での治療が行われた彼は、その後、重症感染症にかかり、ドナーを待てず。
危篤状態が、続いていました。

付き合っている事を知っていた、主治医の先生と病棟師長さんが、面会謝絶にも関らず、私に面会を許可してくれ、集中治療室で、見た彼の姿に、ただただ、涙する事しか出来なかった。
ずっと意識も戻らず、いつ何があってもおかしくないといわれていた彼。
私が近くに行くと、これまで目を覚まさなかった彼の唇が、かすかに動き、酸素マスクを外してもらって、彼の口から、出た言葉が。
あの、
『俺たちは、みんなに自慢できる生き方、しような・・・』でした・・・。微かに、震える声で、でもはっきりと。彼
の言葉を聞き取る事が、出来ました。
そう言った後、ご両親、妹さん、主治医の先生方、看護師さんに見守られ、彼は静かに、息を引き取りました。。

わんわん、泣いた。彼と一緒に逝きたいとも思った。神様は、どうして、私ではなく、彼を先に逝かすのですか?
最期の言葉が・・・私に宛てた言葉だった。
もっともっと、言いたかったろうに。
傍には、あなたが一番大切に想って、心配していた妹さんが、いたのに。

私は、彼のお通夜もお葬式にも、車椅子で、出席していました。
その頃の私も、状態は厳しく感染症の危険があったのですが、主治医の方に無理を言い、主治医の先生同伴で、彼の葬儀に出ていました。

彼のご家族とも仲良くして頂いていたので、どう声をかけていいのか。。
今何を言っても、所詮綺麗事。
他人事の哀しみだと、捉えられたくはなかったのかも知れません。。


彼の四十九日が終わり、一段落付いた頃。
彼のお母様から、一通の手紙が届きました。
そこには、お母様の我が子への熱い想いと闘病期間中の5年2カ月にも及んだ、あの壮絶な闘いの事など、書きつづられていました。
そして、最後に。
『あの子は、貴女の事を、心から愛していました。短い生涯でしたが、貴女という一人の女性を、愛せた事。恋も愛も知らず、逝くよりは、十分幸せだったのではないかと思います。息子を、愛してくれてありがとう。愛せる女性に出会え、私たち家族も、それだけが、救いです。本当に最期まで、あの子を見守ってくれて、ありがとう。』
という文面が、書かれていました。
私は、その手紙を何度も何度も読み返し、涙が溢れてなりませんでした。

一時帰宅が許された2人は、お互いの家に泊りもした。幸せでした。


彼を失い、私は愛する事が出来なくなり、好きと言う感情が、愛しいという感情が、どういったものか、忘れてしまい、人を拒絶するようになりました。
その頃、大好きだった主治医との別れもあり、自分を見失うきっかけにもなったのです。

彼の命日に近づくこの時期は、毎年様々な想いがフラッシュバックし、いろんな想いが交錯していました。今年は、彼の死をきちんと、ここに書こう。
彼の生きた証を、ここにしっかり、刻んでおこうと思い、、書いている今も、本当に辛いのですが・・・
堪えて・・・堪えて・・・書いています。


その1年後、今の愛する人に出会うまで。
本当に好きと言えず、誰も何も愛することなく、私は元彼以外、愛する人はいないと、思っていました。
今の彼に出会ってからも、元彼の事は、忘れる事が出来ず。
今の彼にも大変迷惑もかけ、我がままも言い・・・本当にどうしようもない彼女として、彼にいっぱい困らせてしまったのですが。
彼は、ありのままの私を受け止め、受け入れ、向き合ってくれました。
決して否定することなく。
決して、見放すことなく。
再び、愛しいという感情を取り戻せた事。

また、彼を失うんじゃないかと。不安になった夜もあった。
でも、私は元彼の死を受け入れ、そして、今の彼を心から、愛し。
元彼の死を、決して悲劇の悲しい出来事として、終わらせることなく、私は彼の死を見つめ、彼が一番伝えたくて伝えられないままだった。
自分の人生悔いなく、精いっぱい生きる事を、胸に。


あたしはこれからも、彼の死を背負い、彼の生きた証を見つめ、生きていきます。




勇樹へ
貴方がお空へ旅立っていってから、早くも5年の歳月が経ちました。

今、どうしていますか?

貴方と共に過ごした、2年間。
私は、貴方の事をずっと、忘れた事は、ありません。

あの時、貴方が言いたかった事。
あの時、貴方が伝えたかった事。

私はちゃんと、皆に伝えられていますか?
貴方が生きたくても生きられなかった、無念さを胸に。

私は、貴方の事を思うと、胸が痛くなります。
そして、貴方との思い出を振り返るたびに、涙が出ます。

貴方は、こんな私をみて、絶望しているでしょうか。
今の大切な愛する人を見て、嫉妬しているでしょうか。

それとも・・・ホッとしていますか?

この世で、私は心から、愛する人を、見つけました。
大切な、大切な人を、心から愛せる人に、出会いました。

でも、貴方の事。
忘れたわけではありません。
貴方との大切な時間を、背負い、私はこの現世の中で、もう一度。
大切な人と共に、自分の道を、歩いていく決意をしました。

・・・今ごろは、この世で叶わなかった夢を叶え、思う存分、楽しんでいますか・・?
好きなものを食べ、好きな時に寝、好きな場所へ行き・・・大好きだったサッカーを、思う存分・・・やっていますか?


私は、今日も生きて行きます。
あなたの、無念さを抱きながら。



5年前の・・・12月18日へ。
勇樹へ。

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【2006/12/18 17:48 】 | 想うこと | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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