スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 | page top↑
祖母への想い
祖母の事を書きます。
私にとって、祖母は、とても重要な人生において、いろいろな事を教えられ、感じさせられた人生にとって、最愛の人です。

私は、おじいちゃん・おばあちゃんっ子でした。
母方の祖父母は、目と鼻の先。といういつでも、会いにいける環境にいました。幼い頃の私は、自宅で過ごすより、病院から戻った後は、しばらく祖父母のうちで過ごす。という事が当たり前の日常でした。

長い入院生活で、いつも母が付き添っていた。
その母の疲れを取るためにも、祖父母の家で私を皆の手で、育ててくれたのは、そんな祖母の優しさ。だったのかも知れません。

私はおばあちゃんが大好きだった。
いつも、心配して、私を可愛がってくれました。
食欲がない時、おばあちゃんが握ってくれた鰹節のひとくちおにぎり。
とっても、美味しかった。

病院にも、付いて来てくれたり、母の具合が良くない時は、祖母が入院中、付き添ってくれました。
そして。
私が入院するたびに、両親が付き添う度に、弟を見て育ててくれたのも、祖父母でした。

祖母に助けられた想いもあります。
中学生だったある日。
いつものように、ひとりで外来に行って、点滴を受けていた時の事。
急に不整脈の発作が出て、突然激しい頭痛が生じ、苦しくなりました。
その時に、ちょうど祖母から携帯に電話がかかってきました。
いつも、病院にいると、祖母からの電話があります。
『だいじょうぶか?』
いつもの通りの声。私は、しんどい事を伝えました。
そして、切った電話。電話を持つのも、辛くなり、話していられる事が出来なくなったのです。
そして、その後、すぐに事務の方が様子を診に来てくれました。
いつもは、そんな事はありません。点滴が終われば自分で処置室に行って、抜いてもらうのです。
そんな時。どうして事務の人が来たんだろう。と思っていました。
事務の方は『しんどい?』と心配してくれ、看護師をすぐに呼んでくれました。そして、その後、当直の先生もかけつけてくれ、不整脈に対する適切な処置をしてくれ、いのちは取りとめました。
病院から、家族に電話が入り、急いで母が迎えに来てくれました。

早急な対応で、大事には至らなく、不整脈が治まったところで、自宅に帰してくれたわけですが、母の自転車の後ろに乗りながら、ふと
『どうして、しんどいのが分かったのだろう。』
『あの部屋、盗聴器で、私がおばあちゃんと電話で話しているの、聞こえたのかな・・・』
と本気で、思っていたのです。

後に、それが祖母の連絡によるものだと知りました。
あの電話を切った後、祖母は心配になり再び病院に電話をかけてくれていたのです。
『しんどそうやから、診に行ってほしい。』
と事務の人に頼んでいた事を、知り。
涙が出ました。祖母に、助けられたのです。
祖母のやさしさ、思いやりが身に凍みて、感じた出来事でした。

もし、あの時。
祖母から電話がなかったら。
もし、あの時。
祖母が病院に電話を入れてくれなかったら。

急激に悪化しやすい私は、恐らく意識を失って、心停止を来していたのに違いありません。
そう思うと・・・。ぞっとします。

祖母は、私をいつも心配してくれました。
とっても、大切に可愛がられ育てられたのです。

歩けなくなった今。
祖母に会いにいけなくなりました。
動けなくなった今。
祖母の顔をみることが出来なくなりました。

でも、今でも毎日。祖母からの電話があります。
『だいじょうぶ?しんどくない?』
その祖母の思い。祖母からの電話。
電話の受話器を持つ事も出来なくなった。
聴力も聞こえなくなった。
声も、長く出せなくなった。

でも、私は今も、あの時の事を忘れないでいたい。
忘れられない。

そんな祖母も。ある日を境に、倒れた。
4年前腰を痛め、寝たきりとなった祖母。
当時、まだ動けていた私は毎日祖母の介護をしに、通った。
時に、泊まりこんで介護をした。
祖母が入院すれば、毎日お見舞いに行った。
私が、祖母にしてあげられる事は、こんな事しかなかった。
祖母が私にしてくれた、たくさんの恩を。私は祖母に、返しきれていない。
介護ボランティアをしていた経験を活かし、祖母に介護を提供した。
そんな、私も、今は介護をされる側となった。

祖母は、リハビリをがんばり、一人で歩けるまで回復した。
『また、孫と走りたい』という元来の強さを多いに発揮し、走るという願いは叶わなかったけれど、歩けるまで回復した事は、医師も驚くばかりだった。
寝たきりとなるまで、私を自転車のかごに乗せて、走ってくれたおばあちゃん。
通院に、リハビリにも、ついって行った。
そして、帰りには。高いお寿司を食べに連れてってもくれた。
病院帰りに、美味しい物を祖母と、食べに行くのが、楽しみだった。
母に内緒で、いろんなとこ、2人で行った。
楽しかった、あの頃。
懐かしい、あの頃。

でも、今は。私の日常を、精一杯生きる事。

おばあちゃんが言った。
『もっとおばあちゃんが元気になって、Ressarのとこ行ったる!』
と、元気づけてくれた、おばあちゃん。

何も、して上げる事。出来なくてごめんね。
おばあちゃんの、事。大好きだよ。
いつも、お小遣いくれて、ありがとう。
いつも、心配してくれて、ありがとう。
いつも、想ってくれて、ありがとう。

おばあちゃんが、1日でも元気で長生き出来るように。
私も、がんばるからね。

ありがとう、おばあちゃん。
スポンサーサイト

テーマ:思ったこと、考えたこと - ジャンル:ブログ

【2006/11/04 14:15 】 | 想うこと | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
<<orange事件 | ホーム | 終わりのない病気>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。