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書く楽しみ。
書く楽しみ(4月)

いつも本家HP・ブログを訪ねて頂き、こんな管理人のつまらない日常を読んでくださり、本当にありがとうございます。

今年の6月で、ここを立ち上げ早くも2年の歳月が流れました。
メールを下さる機会も、多くなりました。とてもうれしいです。
全ての方にお返事が出せていない状況ですが、読んでいます。一人一人のやさしさを感じています。

この日記って、どんな方が読まれているのかな?(知り合いを除き)とこちらから見えないだけに、ふと、知りたくなる時があります。メールやカキコを頂くと、とてもうれしくなります。
メールくださった方、レスしてくださった方、書き込んでくださった方、全員覚えています。
誰かに宛、書いたものでも、ただ私自身の半生を書きしるしたい一心で、日常を自分の狭い我の視点でしか物事をみれず、その心で、感じたことをそっくりそのまま書きあらわしている次第です。

自分の中では、「読んでくださっている方がいるんだなぁ~」ってなんだか申し訳ない気分です。
ここには私の日常を隠さずありのままを赤裸々に書いているので、ナイーブな方は傷つかれるかもしれません。
ショッキングな状況も含まれています。でも、これが私の毎日であり、これが私の病状ですので、何も隠す事はないと考えています。ここを読んでくださっている方の多くは、ある種の覚悟をして読んでくださっている方が多いのではないでしょうか。
心配させてしまっているお友達もたくさんいます。応援してくださっている方たちもたくさんいます。

私はここで、この場所で、文字を発信することしか出来ませんが、いつも皆さんの温かい心に、触れています。
それでも毎日、読んで下さる方がいて、本当にありがとうございます。
ネット日記は、読んでもらうことで、書く側も何かの自分へのプラスがあると思います。ノートとか自分だけに書き読むものなら、自分にやさしく書ける、いわば、自分中心にいくらでも自分保護で、突っ走れるかな、と。

はじめの頃は、日記を公開することに大きなためらいと迷いがありました。私はここで、自身の抱えているものの大きさをひけらかし、同情を集めたかったわけでも、骨髄バンクや献血のドナーになってくださいと、お願いしたいわけでもなく、ただ長年書き続けていた日記が、自分の手では書けなくなったとき、私はきっと自分を再び見失いそうな気がして、そうなったときに、生きる意味を見失わないためにも、このデジタルという世界に、私自身の思いを託したまでです。
しかし、ひいては、こうして公開することで、客観的に自分を見つめる目というのも、養われてきました。
文字を書き続ける事で、成長してきた自分がいます。でも、最終的には、それも自己満足なんですけどね・・・。

自分の書いた文字がみられる恥ずかしさは、今もあります。文字って、気持ちの裸でもありますから。
人はそれぞれ考えが違う。出すほど、叩かれるというのもあるわけです。
だから、書くのが怖いというのも、ある。自分を守りたい、安全圏で守られたいという弱さもあります。
沈黙も大切・・・。そんなバランスをうまくとりながら、ここを今日までどうにかこうにか続けられてきたわけですが。
私は、そのバランスも悪い。。自分で自分のバランスが取れず、ドキドキハラハラしっぱなしの情けない管理人なのかもしれません。
そんな私に、支え、見守り、いつも元気を届けてくれる仲間や皆様に、本当に感謝しています。
この場を借り、改めてお礼申し上げます。

小学生の恩師にこんなことを言われたことがありました。
「書く手段がある限り、書き続けなさい。あなたにはその使命があります。書く事から逃げては行けません。それは自分から逃げるということです。堂々と書きなさい。あなた自身の言葉で綴りなさい。あなたには人を引き付ける力があります。」
私はその先生によって、文字と出会い、今日まで文字を書き続ける事が出来た。
読まれるのに、慣れたい・・・。恥ずかしがらず、これが私の日常だと、文字で綴りたい。全く文章力もなく、何の魅力もない私です。表現力もない。読まれる方には、退屈なくだらない未熟な話にお付き合いさせてしまってるかも知れません。
それでも私は、書く楽しみ、幸せを、知りました。
これからも、文字というものについて、生きている限り、学びたいと思います。

思えばあたしは、こうして日記ひたすら更新するだけで。
こちらからの交流って、してなかったんだと気づかされた・・・。
いや、あたしはそんな、自己中心的な人だとは知ってたけど・・・。自分がこうして私生活を公開する。って行為に、最近、迷いや複雑なものを感じるんだ。
ふと聞いた話だけど、たとえば名前を勝手に使って、どこかにカキコされたり、アドレスを勝手に公開されたり。
文字だけでは、だれがだれなのか分からない。信じる・・・しかないものね。そういう、怖さ。知ってたつもりなんだけどなぁ・・・。私生活をあからさまにするって事は、他人の関心を引いてしまうこと。それは面白がってとか、興味本位とかにも繋がるんだし。決めつけたくはないけれど・・・。

あたしにとっては、ネット=外との接点だし。ネットで出会えた友達は、大切な宝だ。
でもそれぞれ、ネットへの価値観って違うものなんだな・・・と思うと、寂しくなる。でも、ネットでつながって、かけがえのないものとも、出会えたんだ。
それは、ずっと大事にしたいな。


それが、今の、文字に対するわたしの本音。

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【2007/06/23 15:36 】 | 想うこと | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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