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神経内科の先生の生き方。
今日は神経内科の往診でした。

何か、今日はいろいろ話した。
人間対人間の会話。大人社会についての話とか。
先生は大人な人だなぁとか思った。
物の見方や考え方に尊敬した。
とても勉強になりました。お話聞けてよかったなぁと思ったし、聞いてもらうだけでも相談してよかった。
人の生き方についてとか、人生観についてとか、そういうのを話せる先生との関係は感謝しています。

この先生は、多くの神経難病のお子さんや患者さんを診て来て、ご自身の人生観も磨かれて行ったんだろうなぁと度々思わさせてもらってます。

あるドクターの言葉。
「医者が患者に教えるんじゃない。僕らが患者さんに多くの事を学ばせてもらってるんだ。」
この言葉を言い残して、かっこいいくらい余韻を残して、去っていったあの先生は、今ごろどうしていらっしゃるかな?

今の神経内科の先生との出会いも、文字には出来ないくらい、多くの思い出とともにエピソードがある。
それはここに書ききれるくらいあっさりとしているものでもなく。でも、とにかく、この先生との出会いで、私自身多く助けていただいたし、私を17歳の子どもとしてではなく、一人の一個人として、接してくださる。
話す言葉も成人患者さん相手みたいに丁寧だし、不安に思っていることはとことん答えてくれる。
それが例え自分の診療時間外のことであっても、外来でも何時間でも付き合ってくれた。だから、いつもこの先生の外来は待ち時間が長かった。
それだけ、一人一人の患者さんに誠意を持って時間を持って接してくださるから。

大切にしたい。先生と過ごす時間。多くのものを教えてくれて、気づかせてくれて、ありがとう。
頭いいのに、決してそんなそぶりも見せず、偉いのに、全然偉そうじゃなくて。

私が「先生のお陰で大切なことに気づかせてもらいました。」っていったら、「僕は何もしていませんよ。気づいたのはあなたが自分の力で気づいたのです。僕はそのお手伝いをしただけです。」って言ってくれた。
あくまでも、気づいたのは自分自身だからと言って。そんな少し謙虚な先生も好き。
でも、ビシっと言ってくれる時は、相手が子どもだろうが言ってくれるから、そんな先生だからこそ、頼もしい。


昨夜はあまり眠れなかった。痛みもすごい。でも、いろいろ考えると・・・。
病気持ってるとか関係なく、人って生きてるといろんな悩みにぶつかる。
だけど、私は病気を持ってる立場として、言える事だけど、病気と付き合っていくうえで、セーブしなきゃいけない部分もある。
ブレーキが効かないと自爆してしまう。そんな一面が・・・あたしにはあるんだなぁ・・・。
あえて、自分から疲労やストレス溜める事とかは、なるべく避けたい・・・。一時状態が悪くなって、時間がかかっても必ず回復するものならまだしも、再発と言う形で障害に残る部分もある。
これ以上、失いたくないから、人生回避したい事はしたい。きっと今、ぶち当たってる壁は、リスクが高い。いつもそうだけど・・・。

けど、もう18歳にもなろう人間として、自分の事は自分でする。という責務も持たなければならない。決して病気だからと言う病人面に甘えてはいけないと思っている。
避けるか避けないかは、私の自由な選択。
人生は誰に背負わされるものでもないし、自分で決める事。
すごく迷うけど、いい事ばかりの世の中でもないし、みんなそれぞれ大変な事を背負って生きている。
これが時として、社会の現実なんだと思った。

今の世の中はすぐに、何でも手に入る。いらなくなったら、捨てられる。
無駄なものは、どこまでも排除でき、自分に心地いいものを簡単に選べる。それが幸せとも限らなくて、辛くてしんどい思いして、努力して掴んだ幸せは、私の中ではとても尊いものであると思うのです。
だから、今すぐあきらめず、出来るとこまでがんばってみるつもり。がんばってみたい。
本当はもっともっとがんばりたいんだよ。
がんばる気持ちは、昔のまんま。
決して衰えている訳でもないんだ。ただ・・・終わりはいつなのか、痛みから解放される日は死ぬときだけとか、元気になりたいって思えば思うほど、そんな漠然とした不安は襲ってくる。
身体も思うように動いてくれない。体力も落ちた。けど、この日々の中で乗り越え、培ってきた、心の中にあるものは、きっとこの先、今の私を支えてくれるだろうと、信じてる。

何か綺麗事っぽくて恥ずかしいけど、今日はこの気持ちを残しておこうと思った。

先生からは同じ車椅子ユーザー・寝たきりユーザーでも病気の特性や個人のそれぞれの状態を見極めて、理想と現実はあくまでも違う。

理想は高くにあっても、まずは足元をみて、地固めをしていくしかない。
その積み重ねが大切。と言われた。

いつになったら、私が描く理想に届くんだろう・・・。いっそ、あきらめた方が、現実的?とか思うけど、私は自分で選んだこの生き方しか出来ない。何より、今日は先生が理解してくれたのは、うれしかった。
理解どころか、背中をぐっと前に押してもらった感じ。

私のよくないところは、アクセル全開で、時々ブレーキがきかないとこ。
時には、セーブ・ブレーキも必要。わかっていても、難しい・・・。
それも、一つの勇気だと教えてくれた先生。

病気と仲よく・・・それは、私の病状から言っても、無理。こんな病気と仲よくなんてやってらんない。痛みと上手に付き合うなんて、そんなのは論理上のことですよ。

お偉いさんががんの痛みと上手に付き合う、みたいな本を多数出版されていますが、あくまでもお偉い方の論理上の話で、現実味がない。。のが、悲しく思う。闘病生活は悲劇のヒロインになれるほど、綺麗なものではないし、また悲観に浸ってばかりでは、現実は生きてはいけません。

私は病気と仲よく、上手に付き合うという、そんな病気ではないし、そうする余裕もないでしょう。
でも、短命でもそれが運命ならば、受け入れるしかないのでしょう。「運命は自分で変えられる!」とか、どっかで・・・TVでみたような・・・?じゃあ、変えてください。ってまたひねくれた考えを・・してしまった・・・反省。。

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【2007/06/23 15:57 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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