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私の家族☆
今日は家族の事を書きたい。

父は2人兄弟の次男坊。
父はやさしい人。穏やかな人。広い人。でもちょっぴり、子どもな人。
息子と本気でけんかして、子どもに呆れられる人。
一筋縄ではいかない人。甘えん坊。仕事一筋で、でも仕事先でいろいろあり、仕事には一生懸命だけど、なかなか恵まれない人。お人よし。本気で怒る事を知らない人。
でも、たぶん、きっと、父だから、生まれる前から病気だったあたしを、ここまで支えてくれたのだろう。
今でも一緒に、いろんな会話をする。今時のアイドルも知っているし、趣味はゲーム。MY機器は、プレステ2。
そんな、昔の仕事先でいろいろあり、一人で会社の事情を背負い込み、家族に心配かけないようにと、たった一人っきりで、何もかも背負い込んだ人。
頼りになる人。守ってくれた人。強い人。信じれる人。
「娘のためなら、全てを捨てる覚悟は出来ています。」と主治医に向かって、言った人。でも、父の口から、グチを聞いた事はない。男の人って、そんなもんかなぁ。
娘にちょっかい出して、嫌われる人。息子と本気でお菓子の取り合いする人。妻に失言して怒らせる人。
自分の用事で出かける時(例えばパチンコとか)朝早く起きて、布団を片づけて、朝ご飯をつくって、トイレ掃除して、玄関掃除して、それから出かける人・笑。
気が小さい人。でもって、ものすごく立派な人。
父みたいな、そんな男性と、一緒になりたい・照。


母は、2人姉妹の次女。母の家系はいろいろ複雑で、ここに書くべきことではない。
姉とは10歳離れているが、父親が違うので、いろいろあり、幼少期も成人してからも姉と一緒に暮らした事はない。母もたった一人で、親を支え、子を支え、夫を支え、家庭を支え、一人で背負い頑張っている人。母もとてもやさしい人。でも怒ったら、普段やさしいだけに、だれも止められなくなるほど暴走する。
子どもみたいに純粋な心を持った人。女同士、娘と対立する事もあった。親の愚痴も聞かされた。祖父母の介護を共にやった。あたしを何度も助けてくれた。支えてくれた。悲しい時は一緒に泣いてくれた。
嬉しい時は一緒に喜んでくれた。涙脆い人。感情移入する人。心配性。過保護。
でも、そっと見守ってくれる偉大な人。尊敬する人。いつもあたしの介護を頑張ってくれる人。親の介護も頑張り、あちこち走りまわってる人。すごく、頼りになる人。面白い人。家庭に笑顔を届けてくれる人。
妻として母として、立派な女性。
あたしも母みたいな心大きな人になりたい。


10歳小学5年の弟は、ゲーム大好き少年。心やさしく清らかな子。好きな事には没頭し、苦手な事でも一度決めた事は必ずやり遂げる立派な子。
何度も姉の急変時に助けてくれた子。友達多く、誰とでも仲良くなれる子。以前不登校気味の子に声かけ、友達になり、以来その子は毎日学校に来るようになったと先生から褒めて頂いた。
以前はマリオが好きだったが、今はポケモンに熱中。車が大好きで、3歳の時点でほとんどの車種の名前をいえた子。言葉に遅れがみられ、3歳までほとんどしゃべらず、心配になり、発達外来にも連れて行ったりしたが、女ばかりの家庭で育ったため、言葉の発するタイミングを逃してしまったと言われる。が、3歳をすぎたころから、これまでの反動!といわんばかりにおしゃべりになる。
融通の聞かないところあり。変なところで神経質。
甘えん坊。自分の感情を抑え込む傾向あり。幼い頃、「おねぇちゃん」といえず、「おにぃたん」と言って付きまとっていた。喧嘩ばかりするけど、すぐに謝ってくる子。あいさつが出来る子。弟もアレルギー体質の遺伝で、軽い喘息や軽度の腰椎側湾症があり、季節性に体調を崩すが、ほかは至って元気。
食欲は例え40度の熱が出ようが、旺盛で、開業医には呆れられる・・・。ここ5年あまり、入院はしていない。
姉の車いす介護・食事介助・身の回りの世話など、何も言わずやってくれる心やさしい子。
あたしの世界で一番大切で大好きな子。この子のためなら、死んでも本望だとさえ思っている。命を投げてでも、守りたいとさえ思う。でも、弟からしたら、うっとうしい口うるさい姉で嫌われること、多々あり…。
幼い頃から我慢ばかりさせ、親に一番甘えたかった時期を奪ってしまったと心から後悔している。が、心素直に、まっすぐに、子どものまま成長してくれた事が姉としての誇りです。これから思春期という最も多感な時期に入ろうとしているが、いつまでも心優しく、おおらかな男性へと成長してほしい。
いつか、君の成長は見れない時が来る。成人して、結婚し、子どもを授かり・・・そんな君の将来を描きながら、今の成長の日々をずっと噛み締めたいと思っている。


そんな大切な大切な家族。
家は別々だけど、祖父母も私の大切な家族なので、書いておきます。

母方の祖父は御歳82歳(5月生)。母の実の父。
頑固で戦争を経験してきた人だけに、無口でこれまた一筋縄ではいかない人。優しく、おおらかで、泣いていると慰めてくれた人。現在歳の加齢で耳が遠くなり、ほとんど会話が出来ない状態だが、表情での会話が出来、妻である祖母に尻に敷かれている。
歯肉が悪く、歯の痛みにずっと耐え、食事量も減り、肥満体形だった祖父は、40代ぎりぎりで、痩せ体形になった。私の幼稚園時代は、毎日のように園の外で、見守ってくれた人。自転車の後ろに乗って、どこでも連れてってくれた人。良く入退院時の荷物運びを手伝ってくれた人。幼稚園・小学校の時の運動会には参加できなくても、朝一番で場所取りにフェンスを超え、誰よりも孫を心配し、陰で支え続けてくれた人。そして、今のこの日本を、支え続け貢献した人。

祖母は、御歳82歳(3月生)。同じく頑固で、一筋縄では行かない人。おしゃべり好き。訪問看護師さんやヘルパーさんとよく喧嘩し、トラブルとなった・・・。
意地悪ばあさん。口達者。5年前に寝たきりとなり、一時は全く動けずにいたが、高齢の身ではありえないくらい脅威の回復を見せ、自力で歩けるまでに回復。今は支えがなくとも数メートルは自分で歩ける。家事も行う。内科的持病のため無理は出来ず、季節の変わり目は発作を度々起こすが、ここ2年は大きな発作は起こしていない。気性が荒く、母とよく対立していたが、それでもとてもいいおばあちゃん。心配性で、少し薄着で行くと、よく怒られた。年金の月には、必ずお小遣いをくれ、おいしい処に母に内緒で食べに連れてってくれた。病院の通院にもよくついていった。せっかちで、自分の意見を通す人。厳しい人。でも、すごくやさしくて、家族の事を誰よりも心配し、案じてくれる人。毎日3回は必ず電話がかかってくる。母は、徒歩7分の距離にいる祖父母んちに毎日往復している。おばあちゃん大好きっ子。

父方の祖父は、御歳82歳(6月生)。3年前に妻に先立たれ、一人静かに暮らしている。祖母が倒れてからずっと、一人で介護を頑張り、最期の最後まで、妻を愛し、寄り添っていた人。祖母の葬儀の日に、初めて祖父の涙をみた。少し離れた距離に住んでいて、父がいるときでなければ、めったに顔を見せに行くことが出来ないが、時々電話で私の様子を気にかけてくれる人。入院した時、お見舞いに来てくれた人。私たちがあそびに行ったら、「お腹すいたやろ?何か作ったろ。」と、ご飯を拵えてくれる人。自慢のおじいちゃん。

父方の祖母は、3年前の冬に他界。脳内出血で左半身麻痺になり、リハビリ入院・施設入院の繰り返しだった。倒れてから9カ月後、祖母は亡くなった。生前、よく昔のあそびを教えてくれた。狭い家ん中で、かくれんぼをした。糖尿病を患っていた祖母は、病気の怖さを教えてくれた。末期になってから、腎障害が目立ち、目が見えなくなった。生前祖母は、こんなことを言ってくれた。「おばあちゃんもこんな訳のわからん病気持ってて、はるちゃんと一緒や。」だから、ガンバロウとも、だから、あなたもとも、言わなかった。倒れてから、一泊だけ外泊してくるというので、祖父の介護ヘルプのつもりで、出張ボランティアに向かった。その際、祖母がかたくり粉のくず湯をつくってほしい。といわれ、失敗ながらも、おいしい。と言ってくれた。もっと、上手につくればよかった・・・。生前、痛い痛いとよく言っていた祖母。骨が出て、寝たきりだった祖母にあたしは、ただ痛いね。と同情することしか出来なかった。もう嫌だ、死にたい。とばかり漏らしていた祖母に嫌気もさした。そんな自分が・・・無力で恥ずかしくて情けなかった。こんなあたしに、祖母の死後、何度も夢の中に出てきてくれた。何も出来なかったのに、ありがとう。とばかり言ってくれた。
ただ、あたしに出来るのは、大好きだった天国の祖母に心配かけないような生き方をすること。ただそれが、亡くなった人に対しての唯一の供養なのだと思う。

母の10歳違いの姉、おばちゃんは、いろいろ問題を起こしてくれた人。
それはここに書くべきことではないが、今では許せるような気がする。
問題を起こしては、いなくなり、ほとぼりが冷めてからまたひょっこり、現れる・・・そんな叔母が私は許せなかった。
でも・・・今ふと、思う。
身内を憎しみ合い、恨みあっていても、何も変わらないと・・・。
母と祖母を泣かしてきた叔母を簡単に許せるわけはないけれど・・・
それでも、すべてが不幸だったのではなく、やさしさも持ち合わせていて、ただ不器用だから、他人を不幸にし、そして自分自身をも不幸にしてきたのだと・・・。
でも、大好きだから、どんなに傷つけられ、どんなに裏切られても。
私はやっぱり、叔母を嫌いになんて、なれなかった。


そんな大切な、私の家族。
みんなが、げんきでえがおで、しあわせですごせますように。
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【2007/06/23 16:19 】 | 想うこと | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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