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最後の記事・・・ありがとう。
最後の記事・・・

いつも愛読して頂き、ありがとうございます。

今日は皆様に残念なお知らせがあります。
今日を持って、「いのちの再生」本家HP及び等Blog他一時閉鎖することにしました。

本家サイトを立ち上げて、約2年。その間、実にたくさんの方々の訪問があり、私自身闘病中の励みになりました。多くの方々と出会い、触れ合い、学び、教えられ、勇気づけられ、げんきをもらい・・・。。。
ここには書ききれないくらいの大きなものを得ることができました。
最初は、長年書き続けてきた手書きの日記が書けなくなり、その延長線上のつもりで、立ち上げたサイトでした。

日本では初めての症例、お医者さんの多くはこの病の存在も知らない、そんな孤独な病と闘い続け、胎児期に亡くなるであろうといわれていたものが、生を受け、17年も生きてこれたのは、ほんとうに奇跡だと言わざるを得ません。そんな孤独な病の存在を知ってほしい、ひとりでも多くの人に・・・という啓発的な目的は、一切、ありませんでした。

私は生まれながらに骨髄不全で、自らの骨髄では血液を造血することができないため、生まれる前から輸血が必要でした。人の善意の血液をもらわなければ、生きてはいけなかったのです。そんな自分に、失望し、情けなく、つらく、悲しく、みじめで、嫌いでした。
2歳のときに、タイムリミットギリギリで骨髄移植をしましたが、残念ながら生着せず、失敗に終わり、その後も無菌室への入退院は繰り返されました。
だからこそ、いのちの大切さを世に訴えたいわけでも、骨髄バンクに登録してくださいと言いたいわけでも、献血をお願いします。と言いたいわけでも、ありませんでした。むろん、同情を集めるために、サイトを立ち上げたわけでは、決してありません。
ただ、私のいのちが尽きるときまで、「書く」というその機能が目的が方法が、残されている限り、私は恩師から教えられたことと、自らの持ち合わせた天性を生かしながら、書きつづりたいとおもったのです。
私の生い立ちを。そして、想いを。

最初、ここを教えた知り合いは、私の大切な人たちだけでした。ごくごく僅かでいい。
全ての人に好かれることは、不可能なのと同じように、すべての人に支持される、言葉だってありません。
言葉の重みを知り、言葉の怖さを知り、言葉の素晴らしさを知り、言葉の意味を知ってから。
私は書くことが怖くて、たまりませんでした。
書くことで、私の心の内面を覗かれているような、そんな恐怖もありました。そして、不特定多数がみているネットへ公開することも、ためらいがある毎日でした。でも、「書く」ことは、私の「人生」だったのです。
立ち上げた当初から、私の病気は更に進行し、一人では立つことも歩くこともできなくなりました。声を思うように出すこともできなくなりました。

何度も意識を失います。何度も心臓が停止します。何度も・・・痛みが襲います。
それでも、私は体の、心の痛みに、強く耐えようと決めたのです。生きるためには、強くなるしかなかった。

しかし、もう、どうやら限界のようです。
右目は完全失明、左目の視力もほとんどないまま、拡大鏡をとりつけ、何とか今日まで、痛みと闘い、日々の病気の進行と迫り来る死の現実と向き合いながら、死のそのときまで、ここで私の日々を書きしるしたい。そう強く願い、続けてまいりましたが、キーボードを打つだけで、精いっぱい。
周りのことも考えられません。そんなままで果たしてここを続けてよいものだろうか?管理人として、一方通行のサイトになっていないだろうか?体調不良でレスできないまま両掲示板も閉鎖し、コメントにもレスできず・・・そんなふがいない自分が、ものすごく、いやでした。

今年に入ってから、ずっとHP閉鎖について、考えてきました。それでも踏み切れなかったわけ・・・。
やっぱり、書きたい。それが批判をいただくような内容であっても、それが真実である限り、書き続けたい。
そして、生きたい。生きていたい。
明日誰かと話がしたい。明日笑いたい。
そう思って、閉鎖も先へ先へと延ばしてしまいました。管理人の優柔不断さで、皆様には大変ご迷惑もご心配もたくさんたくさん、おかけしました。

でも・・・どうやら、私の命の電池はきれかかっているようです。点滅しはじめては、また持ち直し、その繰り返しで、昨年は、もって3カ月でしょう・・・と余命宣告を受けた身です。それでもあきらめきれず、せめて後2年・・・いえ、ぜいたくは言いません。後、1年は生かせてほしい・・・と主治医に無理を言い、ターミナル期にも関わらず、厳しい治療を併用していただいていました。もう治療がないのはわかっています。
よくならないのもしかと受け止めています。

そして・・・死が近づくのも、そんな遠い将来でないことも・・・知っています。
だけど・・・せめて。最愛の弟が小学校を卒業するまで、それまでは、生きていたいと思ったのです。
彼が中学生になれば、今よりもっと、いろんなことを見つめられるようになるでしょう。
そして、時間はかかるでしょうが、姉の死を受け入れることができるはずです。そして・・・両親を支えてくれるでしょう。弟には、話しておかなければならないことがまだあるのです。

父のこと、母のこと・・・そして、祖父母のこと。
それは、彼に「託す」ことではなく、「語る」ことなのです。
あなたの父は、とても立派で、最後まで人を信じ続けたのだよと・・・。
あなたの母は、とても繊細で、無償の愛で子どもを育てていたんだよと・・・。
あなたのおばあちゃんは、あなたを小学生に入るまで、育ててくれたんだよと・・・。
あなたのおじいちゃんは、無口だけど、とても心配し、可愛がってくれ、自らの戦争体験を決して多くを語ろうとはしないけれど、自らの生き様で私たちに教えてくれていたんだよと・・・。
おばちゃんは、いろいろ問題起こしたけど、それでもすべてが不幸だったわけではなく、やさしさも持ち合わせて、ただ不器用だから、いろんな人を不幸に、そして自分自身をも不幸にしてしまったんだよと・・・。

もっともっと、話しておきたいことが・・・ここにあるのです。
せめて・・・後、1年。私に時間をくださいと。
何度神に仏に、先祖に。祈ったことでしょう。
その願いは、通じませんでした。
あきらめたわけではありません。投げやりになってるわけでもありません。怖いくらいに、冷静に物事を見つめている自分が、ここにいます。
人間は、無力です。病気は医学のそして人間の、限界を教えてくれました。
病気になんてなりたくなかった。病気なんて、くそくらえだけど・・・。仕方ないっていう思いもあるのです。
病気で、たくさんのことを学びました。たくさんの人と出会いました。たくさんのことを知りました。たくさんのやさしさを知りました。たくさんの悔しさに出会いました。たくさんの涙を流しました。たくさんの痛みを知りました・・・。
しかし、そのことを不幸だと感じたことは一度もありません。ただ、悔しいのです。

病気で、たくさんのものを失いました。夢を失いました。食べることを失いました。歩くことを失いました。声を出すことを失いました。光を感じることを失いました。音を感じることを失いました。体の機能を失いました・・・。
得たものがある一方で、たくさんの涙を流したのです。得た財宝は、その代償であるという思いです。

父が言いました。
「娘のためなら、すべてを捨てる覚悟はできています。」と。
どんな想いで、この言葉を、主治医に投げかけたのでしょうか・・・。どんな想いで、娘の余命宣告を聞いたのでしょうか。どんな想いで、私をおぶってくれたのでしょうか。

母が言いました。
「はるかを守る。」
不器用で、泣き虫で、繊細で・・・。
そんな母が、どんな想いで、私をここまで育ててくれたのか。どんな想いで、私を生んでくれたのでしょう。どんな想いで、様々なことから、私をいのちがけで守ってくれたのでしょう。

祖母に助けられたこともあります。無口な祖父は、戦争の怖さを、そして人々の弱さと強さを、その生きた人生から、教えてくれました。

たくさんの涙を流し、冷たい涙だけではなく、温かい涙も知りました。
車椅子であっても、あそびに連れて行ってくれたボランティア仲間。寝たきりになっても、今まで通り付き合ってくれた病気仲間。語りかけてくれた人々。
疲れたとき、そっと見守り、距離を置いてくれた人。
生きてていいって言ってくれた人がいた。生きなきゃだめと言ってくれた人がいた。
自己中心になったとき、私は今でも死にたくなります。いのちの尊さを大事さを大切さを訴えている私にも、「死にたい」という願望はあるのです。
病気を抱えた身にとって、自分で何もできないということは、生きるうえではとても辛いことです。
トイレも一人でできない。寝返りも打てない。食事もできない。
綺麗事だけじゃ、生きていけない。どこかで折り合いをつけ、あきらめ、妥協し・・・そうしなければ、生きていくことはできません。

どんな状況でも、生きたいと、生きていたいと・・・その状況を受け入れ、前向きに歩もうとしたとたんに、また奈落の底へ突き落とされる。その繰り返しです。

今回の脳腫瘍の進行・・・OPもできず、放射線も限界であることを知り、もういい加減、治療に頼るのはやめにしよう。という医師の言葉に、どんだけ涙を流したか・・・。
生かせてほしいと。医師は言いました。

「子どもって両極端ですよ。生きる力も持っているけど、それがふと、尽きたとき、簡単に死んでしまう生き物ですから・・・」
私は今、どちらでしょうか。どんなに厳しい状態であっても、これまで、どんなに覚悟をしてくださいと言われても。何度も心停止しても。。
私は脅威の力で、生き抜いてきました。生きて生きて生きて・・・生き続けてきました。奇跡の17年を生きてこれたのです。だから、今回だってまだ・・・だいじょうぶ。また乗り越えられるよ。そう思うこともないではありません。でも、わかっているのです。
いつ、そのときが来ても、おかしくはないと。いつ、何があっても、不思議はないと。
だから、私はこれまで、明日のことを見つめるより、今あるこの瞬間を大事にしたいと、生きてきました。
それは決して、人さまに自慢できる生き方ではありません。悲観的で、それでも私なりに、今日を、今を、この時間を、生きたいと。懸命に考え、生きたのです。

言いかえれば、そのような生き方は、「今を大事にする命が輝く生き方」であるかもしれません。
でも、ほんとうに、私には、そして私たち家族には、この時間の「今」しか見えないのです。明日のことはおろか、1時間後のことも、わからないのです。
そんな日々を過ごしてきた者にとって、命の輝きと言われても、私のいのちは輝いているのかどうかもわかりません。
ただ、生きたい、生きていたい、生き続けたい。
そして、再び、夢を追いかけたい。
その想いは、本物でした。目指していたものも、本物でした。

学校にも満足にいけませんでしたが、ボランティア時代に出会った大切な人たち・・・愛する人に出会い、恋という形すら知らず、結婚という形も描けず、でも、私は幸せでした。
恋も知らず、死んでゆくよりは、心の底から愛しいと思える人と出会えたのですから。
たとえ同じ道を歩むことはできなかったとしても、私は彼を尊敬し、愛し、彼の存在を確かめることができただけで、幸せでした。

いっぱい泣いた。いっぱい笑った。いっぱい怒った。いっぱい悔しんだ。

どこの家庭にでもあるように、我が家にも笑いあり涙ありのふつうの感情があります。

今日までここを続けられたことを、幸せに思い、そして、ここまで生きてこれたことを誇りに思っています。
病気であったことは確かに不運なことでした。
しかし、決して不幸ではありませんでした。
私は生まれたときから、生まれる前から病気であったけど、難しい病気だったけど、この世に生を受けたことを、誇りに思っています。そして、この両親の元に生まれてきたことを、何よりもの誇りです。

もしも、生まれ変わることができたなら。私はやっぱり、父と母の子として、生まれきたい。そして、出会った人たちや大切なことはそのままに、第二の人生は病気が治ればいい・・・そう、思っています。

私はこれから、もう治療をやめることになるのかもしれません。それはすなわち「死」を意味します。
でも、もう治療をしても、意味はないのですね。
小さいときから、生まれたときから診て来てくれた主治医や教授に話を聞き、また話を聞いてもらい、一番何がよいのか。
不確かな10年20年先を見通した治療をするよりも今を大切にしたいのちのQOL重視の本来の、ターミナル医療を継続し、在宅で維持できるものであれば、その方があなたのためになるのではないか。
17年も飽きず懲りず見捨てず診てきてくださった教授の先生や主治医の先生方が下された結論に、異議はありません。それが、よいことなのでしょう。
信頼している医師団であるから、彼らの判断に間違いがあるはずない。と、言い切ってみるも。やはり、どこかあきらめられない想いも抱いているのが現実なのです。

在宅に戻り、ターミナル医療を重視するのか、意味もない自己満足に過ぎない厳しい治療を受けるのか。
私にもう、治療を受ける力も体力もそれに耐える気力もありません。

ここまでしていただいた医師団の方々には本当に感謝しています。報酬ももらえなのに、診療が終われば、毎日雨の日も風の日も、それこそ台風のときでも、往診に来てくださった主治医の先生。
「何か困ったことがあったら、夜中でもいつでもお電話ください。駆け付けるのにどんなに飛ばしても1時間はかかりますが、必ず伺いますから。微力ですが協力させてください。」とおっしゃってくださった在宅医の先生。わざわざ隣の隣の隣の街から、来てくださって。高速を使っても、40分はかかるのに。

私は、本当に幸せです。
たくさんの温かい方に出会い、たくさんのやさしさに触れ合い・・・。たくさんの温かい涙を知りました。
人の汚れた心もみてきたけれど。人のやさしさに出会うと、この世もまんざら捨てたものでもない、と思うのです。

最後に・・・
毎日、100人来てくださっていた方が、今では250人前後、多いときで400人を超しました。
こんな、わがままで、身勝手で、愚痴の多い、一難病児にこれまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
17歳の子娘に付き合っていただいたことを、感謝し、厚くお礼申し上げます。
そして、ここ(本家HP及びブログ等)をこのような形で閉鎖してしまうのは、どこか寂しくもあり、情けない限りです。もっと続けられたのでは・・・。そう思っていることも、私の今のこころです。
でも、限界はわかっています。ここまで書くのに、何日もかかりました。

「このサイトが大好きです。」
「これからも書き続けてくださいね。」
「あなたの文字が大好きです。」
「夢をあきらめかけていたけれど、あなたの生き方で、もう一度夢を追い続けようと思いました」
「ありがとう」・・・・・

たくさんの温かいメッセージをいただきました。
こちらこそ、ありがとうございました。
ここは、決して、勇気や希望や元気を与えるサイトではありませんでした。皆様に心配ばかりかけ、不安にさせ、迷惑をかけ・・・本当に、管理人として恥ずかしい限りです。
実は私が一番、このサイトに助けられていたのです。しんどいとき、ちょっとここに来て、文字を残すことで、げんきをもらえました。
皆様の温かいコメントで、笑顔になれました。

本当に、2年間、お付き合いくださり、励ましてくださり、見守ってくださり、本当に本当に、ありがとうございました。

一昔前と比べ、情報開示の時代になり、ネットを一つあければ、たくさんの情報が飛び交わっています。
悪い情報も良い情報も、自分の中に取り入れ消化し・・・そして、人は豊かな人格を形成していくのです。
私が生まれた17年前は、まだそれほど胎児医療というものも、駆けだしたひよこの学問でした。
それが、この10年の間で、医療はますます発展し続けています。
昔は、不治の病といわれていた病気が、時代が進むにつれ、原因が解明され、研究機関が増え、治療方法も確立できる時代となりました。

小児がんの子どもも、今では7割の子どもは、治癒を迎え、げんきに、社会に出ています。それに伴い、晩期障害(治療の後遺症)などの問題も多様化してきたのも事実です。
しかし、言い換えれば、約3割の子は、今も尚、駆け足でこの世を去っています。
それは、悲しい現実なのです。
治るといっても、そのためには壮絶な闘いをし、そして治療の甲斐もなく、再発を繰り返し、残念ながら亡くなってしまう子もいます。
そのたびに、多くの無念と自分の非力と・・・小児がんがまだまだ、小さな生命を脅かす恐ろしい病に変わりがないと、肝に銘じます。
そして、どんなに医学が進歩し、日本は一部の先進国に比べて、ある一部の分野では、勝っていても、見えない部分で、日本独自の偏見や日本の医療の貧しさを感じずにはいられません。

今、この情報過多の時代で、ネットを開けば、多くの情報を開示し、求めることができます。
そして、多くの人が、情報を世間に発信しています。
たとえば、小児がんの闘病記、我が子の闘病を親御さんが綴ったHPやブログも多く拝見させて頂きました。
それで、多くの人が救われたこともあるでしょう。
現に私も、たくさんのHPと出会い、たくさんの子どもと出会い、たくさんの親御さんと出会い・・・。多くのことを学ばせて頂き、多くのことを知り、多くのものを得ました。
そして、私も情報を発信し続けてきた者のひとりです。が、これだけは、覚えていてほしいのです。
HPで紹介や情報を開示している人は、ほんの一部しかいないということを・・・。
今、この瞬間にも、病院で我が子の闘病と向き合いながら、PCさえ触れられず、情報を求める余裕もなく、まさに絶望の淵にいる親子がたくさんいるということを。

我が子の闘病を記録として、HP上に載せられている人のほかに、たくさんの葛藤と涙を抱え、今日もいのちと向き合っている人々がいるということを。
それは、テレビの世界でも映画の世界でもなく・・・ただ、私たちが知らないだけなのです。
その世界を、見ようとしないからなのです。
身近に感じられないからなのです。

ほんとは、今でも多くの小児病院・小児病棟では、今日もまた壮絶ないのちの闘いが、親と子の、そして医療者との物語が、築かれているのです。
ただ、一般の私たちには、それをそばから傍観することもできず・・・TVで見る世界でしか感じられないのです。
だから・・・HPに紹介できない、自分の我が子の闘病を、記録としてまとめられない親がたくさんいるのです。
その方々の方が、HPを開いている人よりも、たくさんいるということを・・・どうぞ、ご理解ください。


尚、しばらくはこのブログも本家HPも、残しておこうと思います。いつか、また、過去のわたしにも会いにいってやってください。あんなときもあったなぁ~と思い返していただければ、私はそのとき、あなたの心に記憶に、生き続けることになります。

また、いつの日か、どこかでお会いできることを夢みています。そして、いつの日か、サイトもこのブログもまた運営できたらいいなと・・・。戻ってこれる日を夢見ています。そして、まだまだ、生きています、と同時報告できることも・・・夢見ています。
後、諸々のブログも同じ理由で、一時閉鎖します。
しかし、書きためていた文章をこれ最後の力で、UPしますので、お時間があり、ご興味がおありでしたら、見てくだされば管理人として、幸いです。


皆様のご健康とこれからのご活躍を心より祈って・・・
最後の記事とさせていただきます。


長い間、読んでくださり、本当にありがとうございました。

2007年6月23日 いのちの再生管理人 Ressarことはるか


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【2007/06/23 18:01 】 | 想うこと | コメント(22) | トラックバック(0) | page top↑
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by: | | #【2007/06/28 15:50】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2007/07/04 02:02】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2007/07/05 22:30】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2007/07/26 17:34】 [ 編集] | page top↑
--気持ちよくしてあげたいのに(;_;)--
"未経験の男の人のエッチって、一生懸命動いてくれて、なんだか凄く愛情を感じますよね☆
そんな時、私もがんばらなきゃ!って思うんですけど。。。

相手の気持ちよさそうな顔見てると、私すぐイってしまっちゃうんですよね。。。
今思い出しただけでも、ジュンって来ちゃってますし(///-///)

,http://bjoyq.net/pre_h/ubWnXqHt/,13.jpg
by:如月千草 | URL | #-【2008/11/25 18:07】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2009/09/05 16:09】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2009/09/15 01:36】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2009/09/19 17:52】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2010/08/21 00:01】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2011/06/06 22:57】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2011/11/16 21:53】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2012/05/14 21:29】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2012/08/24 09:57】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2012/10/25 01:17】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2012/11/28 18:20】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2012/12/17 08:02】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2013/01/10 22:11】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2013/01/25 02:29】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2013/09/22 03:53】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2014/05/02 22:19】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2015/04/28 15:44】 [ 編集] | page top↑
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by: | | #【2016/04/05 22:34】 [ 編集] | page top↑
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