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私の一日
私の一日をちょっとご紹介。

朝はほとんど寝てます。
夜はほとんど痛みや発作のため眠れず明け方に眠りにつくのが多いので。。

ただ、日曜日や祭日、土曜日の一日は平日より少し異なる。一週間をトータルして午前中の訪問は滅多にない。
朝、6時頃父が出勤する前に私が寝ている部屋から隣の居間(?と呼ぶのか?)までお姫さま抱っこしてもらって移動(TVがあるので)。
それから再び寝るか移動させられたのに気づかないでいるときもある(恐るべし。この移動が大変なんだよ、点滴あるし)。

起きてから母による介助が始まる。
まず歯磨き、洗顔。歯ブラシは歯茎から出血しやすいので、毛先の柔らかいやつか、血小板が極端に減っている時は薬剤が入ったうがいのみか、綿棒でする。洗顔はあったかいお湯にタオルを浸したやつで。
左手が動かなくなっていた時はこのすべてを母か看護師にしてもらっていました。
今は左手のみで用意さえしてくれたらひとりで出来ます。

そして朝のケアは母による、吸入、薬、2~3時間置きの体位交換。それからは午後まで何もない。
午後2時か3時頃に訪看さんが来てケアの時間。
バイタルチェック・点滴確認・透析チェック・処置(採血・点滴追加など)・清拭・洗髪(これは週に2回って髪、ほとんどないんですけど…一応形だけ)、お話。それで1時間半は経ちます。

訪看さんが帰った後、夕方5時から8時の間に日・月・火・木・土(日・際は13時から15時の間に来ます)は血液の担当医の先生、水・金に心臓担当医の先生の往診です。その他臨時の先生が数名来ることも。
往診は、診察(聴診・視診・触診)、治療方針の見直し(振り返り・評価)、翌日の検査オーダ、薬剤投与など。これでざっと1時間半。一緒に(って私は除く時もあるけど)食事をとってから帰る事もあります。

で、先生が帰り、父が帰ってきて(先に父が帰っている事もあるけど)11時頃まで家族でTVみたりと過ごしています(弟は先に寝てしまうことあり。我が家は全員B型なので自分のペースを決して崩さないという恐ろしい一家。そして寝るころになるとまた、父に抱かれ、就寝部屋へ。私は母と寝ています。
隣の部屋では父と弟。何かあった時、父は地震が来たって、目覚めませんから…。

就寝前に人工呼吸器をセットして、自動夜間腹膜透析をセットします。
それから、日中のケアの合間や時間がある時は福祉の教科書でちょっことお勉強。まぁ、教科書を読むことしか出来ないですが…

これがざっと、平日の一日です。
土曜日も…これと同じかな。日・祭は訪看の訪問がなく、代わりに先生が追加点滴やら持ってきて処置してくれる。時間はだいたいお昼過ぎ。

日曜日は皆さん朝寝坊。土日は食事が許されるのでみんなと一緒に朝食(いや昼食…?朝昼兼用が多い…)。で、日曜日は週に1度の血液透析日。母と私でその作業を行います。って言っても私はほとんど、口だけ。自分の出来そうなところは片手でしますが、感染のリスクを考えると片手での操作は危ない…。

その後は往診の時間まで待ったりゆったりと過ごします。そして、布団に入ってから母に本を読んでもらったり、いろいろ話したり、親子の時間を楽しんでます。

それがだいたいの私の一日。朝から母の天然ボケっぷりに笑わされたり、父のまぬけな質問に唖然としたり、弟のしぐさに和ませてもらったり、時に私がネタになります。そんな笑えるこの家族が好き。
なんでも言い合えて受け止めてもらえるこの家庭が好き。いつまでも続けばいいと願う、この幸せの時間。
だれも犠牲になることなく、だれも自分を責める事なく、だれも他者を恨むことなく、今生きているこの瞬間を感じる事が出来ればいいと、願う。
毎日同じ事をしているようでも、実は微妙に毎日変化があって、それを時々気づかなくて退屈な事もあるけど、今日という今という同じ時間は二度と訪れないのだと、だから私は今日を、今を精いっぱい生きようって、何年かして振り返った時、あの時の自分は精いっぱい生きた、と言えるように時間を大切に今を生きたいと思う。
【2007/06/23 16:05 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
障害者社会参加について
先週、PTをお休みしたので、今日は2週間ぶりの訪問リハビリだった。

リハビリしながら、先生に質問&おしゃべり攻撃・・・。これからの事とか、漠然としたことだけど、話していた。
短期間に集中リハをして、回復する事はないのかと、質問すると(自分でも分かってんのに、何言ってんだ・・・って後悔)。

リハをし過ぎると筋肉細胞が壊れゆくから、何より再発にもなりかねないから、回復という意味ではまずは考えにくい。
先生は現在の、遺伝子解析(オーダメイド医療)や治療、治験の事なども、知ってる限り話してくれた。

後、障害を持った人の社会参加の事について。
障害を持ってる人も、その個人の持つ能力を生かす社会。というものについて。
まだまだ、日本は何から何まで、遅れているんだなぁと思った。
古く昔から、障害者は保護するべき存在という歴史があるから。

障害を持っていても、周りや機械のサポートによって、個人の能力は生かされる。そういった新しい歴史を作っていこうとしているのが、アメリカなんだよね(ADA法)。
あたしは在宅で活かせる資格はないのか、考えてるだけ。
やりたい事より、出来る事を優先してしまう。
それでは、長く続かない。と分かっているのに。好きな事だから、長く続くんだよ。と。でも、それにはあまりにも障害物が高いなぁ・・・。好きな事、やりたい事は山ほどあって、なりたかった・就きたかった職業もちゃんと、存在していたのに。

現実は選べるほどはなく、正直、選べる程の余裕もない。
もっとも、これが社会参加という形となれば、介護の必要な人間を、雇う程の余裕はないのが、また現実なんだなぁ。

「自分の事は自分で出来ますか?」
「着替えは?トイレは?」
「車は運転できますか?どうやって通うのですか?」

コレが日本の企業の、障害者雇用における基本。
個人能力を生かす社会参加は、その人の障害や体力に合わせ、問われるのは、能力のみ。
こんなに情報社会になったのだから、どこにいても全国や世界に繋がるネットなどを活かし、もっともっと障害を持った人の能力を生かすべきだと思う。

なんて言って、あたしは、パッパカパーとリハして回復するなら、回避できる問題なのに・・・。と今日は質問したのになぁ。良くなりたいよ・・・。

この体で生きていくのって、厳しいなぁ。出来ない・難しいなんて言ってたら、いつまで経っても社会に認めてもらえない。
出来ない事をどう工夫して、活かせるようにするか。やりたい事を次々とチャレンジしていくこと。それが成功への第一歩なのだと。障害持ってても、着実に成功への道を歩んでおられる方々には、頭が下がります。

あたしは・・・到底なれそうにないから。抱えているものも、条件も、環境も違う。
それって、当たり前の事。自分に与えられたこの場所で、どう自分なりに生きていけるか。

リハビリの先生は、病院で関わるのみの毎日だと、病院から出た患者さんの、その後のこういった問題が分からない。だから、いろいろな資格をとって、勉強してるんだ。と語っておられた。何か、すごくかっこいい。
いつも自分の知らない世界を知ろうと、視野を広めてる人って、いろいろな事を知っていて、情報も多く持ってて、それが人のためにもなって、すごい。
魅力的な憧れの人だな、と思う。・・・って憧れても全然近づけない、あたしですが・・・。PTの先生の専門は、小児の神経学的理学療法です。まだ20代で若いけど、いろんな資格とってて、以前はこども病院にもいたからなぁ。スタッフからも厚い信頼受けておられる。

そんな先生と出会えて、よかった。
先生、ありがとう。
見捨てないでいてくれて、ありがとう。
【2007/06/23 16:01 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
神経内科の先生の生き方。
今日は神経内科の往診でした。

何か、今日はいろいろ話した。
人間対人間の会話。大人社会についての話とか。
先生は大人な人だなぁとか思った。
物の見方や考え方に尊敬した。
とても勉強になりました。お話聞けてよかったなぁと思ったし、聞いてもらうだけでも相談してよかった。
人の生き方についてとか、人生観についてとか、そういうのを話せる先生との関係は感謝しています。

この先生は、多くの神経難病のお子さんや患者さんを診て来て、ご自身の人生観も磨かれて行ったんだろうなぁと度々思わさせてもらってます。

あるドクターの言葉。
「医者が患者に教えるんじゃない。僕らが患者さんに多くの事を学ばせてもらってるんだ。」
この言葉を言い残して、かっこいいくらい余韻を残して、去っていったあの先生は、今ごろどうしていらっしゃるかな?

今の神経内科の先生との出会いも、文字には出来ないくらい、多くの思い出とともにエピソードがある。
それはここに書ききれるくらいあっさりとしているものでもなく。でも、とにかく、この先生との出会いで、私自身多く助けていただいたし、私を17歳の子どもとしてではなく、一人の一個人として、接してくださる。
話す言葉も成人患者さん相手みたいに丁寧だし、不安に思っていることはとことん答えてくれる。
それが例え自分の診療時間外のことであっても、外来でも何時間でも付き合ってくれた。だから、いつもこの先生の外来は待ち時間が長かった。
それだけ、一人一人の患者さんに誠意を持って時間を持って接してくださるから。

大切にしたい。先生と過ごす時間。多くのものを教えてくれて、気づかせてくれて、ありがとう。
頭いいのに、決してそんなそぶりも見せず、偉いのに、全然偉そうじゃなくて。

私が「先生のお陰で大切なことに気づかせてもらいました。」っていったら、「僕は何もしていませんよ。気づいたのはあなたが自分の力で気づいたのです。僕はそのお手伝いをしただけです。」って言ってくれた。
あくまでも、気づいたのは自分自身だからと言って。そんな少し謙虚な先生も好き。
でも、ビシっと言ってくれる時は、相手が子どもだろうが言ってくれるから、そんな先生だからこそ、頼もしい。


昨夜はあまり眠れなかった。痛みもすごい。でも、いろいろ考えると・・・。
病気持ってるとか関係なく、人って生きてるといろんな悩みにぶつかる。
だけど、私は病気を持ってる立場として、言える事だけど、病気と付き合っていくうえで、セーブしなきゃいけない部分もある。
ブレーキが効かないと自爆してしまう。そんな一面が・・・あたしにはあるんだなぁ・・・。
あえて、自分から疲労やストレス溜める事とかは、なるべく避けたい・・・。一時状態が悪くなって、時間がかかっても必ず回復するものならまだしも、再発と言う形で障害に残る部分もある。
これ以上、失いたくないから、人生回避したい事はしたい。きっと今、ぶち当たってる壁は、リスクが高い。いつもそうだけど・・・。

けど、もう18歳にもなろう人間として、自分の事は自分でする。という責務も持たなければならない。決して病気だからと言う病人面に甘えてはいけないと思っている。
避けるか避けないかは、私の自由な選択。
人生は誰に背負わされるものでもないし、自分で決める事。
すごく迷うけど、いい事ばかりの世の中でもないし、みんなそれぞれ大変な事を背負って生きている。
これが時として、社会の現実なんだと思った。

今の世の中はすぐに、何でも手に入る。いらなくなったら、捨てられる。
無駄なものは、どこまでも排除でき、自分に心地いいものを簡単に選べる。それが幸せとも限らなくて、辛くてしんどい思いして、努力して掴んだ幸せは、私の中ではとても尊いものであると思うのです。
だから、今すぐあきらめず、出来るとこまでがんばってみるつもり。がんばってみたい。
本当はもっともっとがんばりたいんだよ。
がんばる気持ちは、昔のまんま。
決して衰えている訳でもないんだ。ただ・・・終わりはいつなのか、痛みから解放される日は死ぬときだけとか、元気になりたいって思えば思うほど、そんな漠然とした不安は襲ってくる。
身体も思うように動いてくれない。体力も落ちた。けど、この日々の中で乗り越え、培ってきた、心の中にあるものは、きっとこの先、今の私を支えてくれるだろうと、信じてる。

何か綺麗事っぽくて恥ずかしいけど、今日はこの気持ちを残しておこうと思った。

先生からは同じ車椅子ユーザー・寝たきりユーザーでも病気の特性や個人のそれぞれの状態を見極めて、理想と現実はあくまでも違う。

理想は高くにあっても、まずは足元をみて、地固めをしていくしかない。
その積み重ねが大切。と言われた。

いつになったら、私が描く理想に届くんだろう・・・。いっそ、あきらめた方が、現実的?とか思うけど、私は自分で選んだこの生き方しか出来ない。何より、今日は先生が理解してくれたのは、うれしかった。
理解どころか、背中をぐっと前に押してもらった感じ。

私のよくないところは、アクセル全開で、時々ブレーキがきかないとこ。
時には、セーブ・ブレーキも必要。わかっていても、難しい・・・。
それも、一つの勇気だと教えてくれた先生。

病気と仲よく・・・それは、私の病状から言っても、無理。こんな病気と仲よくなんてやってらんない。痛みと上手に付き合うなんて、そんなのは論理上のことですよ。

お偉いさんががんの痛みと上手に付き合う、みたいな本を多数出版されていますが、あくまでもお偉い方の論理上の話で、現実味がない。。のが、悲しく思う。闘病生活は悲劇のヒロインになれるほど、綺麗なものではないし、また悲観に浸ってばかりでは、現実は生きてはいけません。

私は病気と仲よく、上手に付き合うという、そんな病気ではないし、そうする余裕もないでしょう。
でも、短命でもそれが運命ならば、受け入れるしかないのでしょう。「運命は自分で変えられる!」とか、どっかで・・・TVでみたような・・・?じゃあ、変えてください。ってまたひねくれた考えを・・してしまった・・・反省。。

【2007/06/23 15:57 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
退院後のリハビリ。
午前中は、退院後の初のリハビリ。

退院後から、入院中に不運にも脳内出血を起こし、後遺症で軽度の言語障害が出てしまったので、PTと合わせて、ST(言語聴覚士)による言語発声訓練も受ける事になった。
というのは、これはまた、あたしの希望…。
先生には反対されたけど。やっぱり、何かしていたい。希望…なんてないけど、でもどこかで頑張っていたい。

そんな思い。STの先生は女の先生。
頭いいんだよぉ~!
PTも同じ土曜日なので、続けてするのは体力も持たないからと、曜日を変えてしましょうか。と言われたので、来週から火曜日にSTの訪問リハビリがあります。

午前だって。先生病院でのお仕事は?って聞いたら、あたし、火曜日休みなのぉ~、なんだって。お休みのところ、本当にすみません。
うちの病院には在宅部というものがないので、どれだけ皆様にご負担ご迷惑になっていることか・・・受け入れてくださって本当に感謝しています。ありがとう・・・。

何だか、今日はPTの先生と真剣に語りこんでしまった・・・。リハビリを今無理してするのは、病状的にも良くない。
リハビリすればするほど、回復する病気ではないし、他の疾患のことも考えると、筋肉をリハビリによって動かしすぎると筋肉細胞が破壊され、取り返しのつかないことになる恐れ。

分かってる・・・のだけど・・・。何かしていないと、不安。リハビリ出来ていたあの頃は、自分のためにしている無理より、周りの事とか考えて、無理してた部分があった。
結局、「自立」とか「社会復帰」とか、頑張っていたけれど、あたしの本当にやりたい事って、そんな部分になかった気もする・・・。あの頃のように、服を着替えたり、トイレするだけで、すっかり疲れ果て。
トイレに行くだけで、もう心臓鳴りっぱなし。
不整脈バクバク・・・。
このときほど、自分は心臓病児なんだ・・・って自覚したことないよ。。悲しいけど。
自分の楽しむ時間もなく、痛みや発作に耐えて、一日が終わる・・・。って、悲しい。

かといって、人に介護してもらう事の多い今も人疲れするんだ。でも、動けないから、仕方ない。
動かないんだから。割り切れる。割り切れる分、楽な事もある。そんな感じ。

PTの先生に、しばらくは機能的なリハビリよりは、雑談中心でいきましょう。と言われる。
上の先生からの指示らしい・・・?機能的なリハビリをしてても、回復は望めない。精神的リハビリを重視すべきか?今日は足が痙攣したり、腕がしびれたりし、その時の対処法などを教えてもらった。

リハビリの先生は、すごく頭がいい。まだ若いのにたくさん勉強してらっしゃる。
PT学だけでなく、この先生は小児のPT士で、ほかにも神経学的な事などを専門とされておられる。いろいろと勉強になります。

目がおかしい。焦点がずれる。めまいがする。頭痛。座るというか、座位が保てないので、クッションで支えられ、PCに向かってる時とか、意識を失う発作を単時間のうちに繰り返す。
本を読もうとしたら、そうなったので、あきらめた。
大好きで、文学少女とまで言われた本好きなあたしが、本を読むことすら出来なくなる。

いったい、どれだけのものを、奪えば、気が済むのですか?

薬の副作用まで抜けず。というか、ずっと抗がん剤も続けているので。手のしびれも相変わらず・・・。
あたしは一体、どこが健康なんでしょう・・・?

訪問看護師さんとも最近仲がよい。ていうか、仲よくしてくれてるんだろうね・笑。
あまり細かな事は、要求しないように気をつけるようにしてる。
細かな事というか、場合によっては、当たり前な事なんだけどなぁ。病気の事や状態は把握して欲しかったり、患者さんが多いから、患者側が思うより、現実は難しい事なのかも知れないけど。
でも、患者が完璧を求めると、看護師さんを疲れさせてしまう・・・。事故にならないといいんだけど、体・命を預けてる身としては、『間違い』はあってはならない事。

また、『知らない』と同じくらい、『勘違い』や『思い込み』も怖いんです・・・。難しいね・・・。
でも、看護師さんには感謝しているし、みんな一生懸命してくれる。24時間緊急体制になって、前より在宅の体制が改善されている。
その分、スタッフの皆さん大変な中、がんばってくれてるし、十分彼女たちのがんばりを認めたいと思う。患者を評価するだけではなく、そういう現場で全身全霊を持って患者と接しておられる現場のナースたちをも、評価して欲しいと切に願う。
【2007/06/23 15:51 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
悩みの重量
先日、仲間の一人が就職した。
彼女も重い障害を抱え、幾度も就職難なこの時代に、蹴られても来た。
一度就職出来ても、理解ない職場の同僚や上司などで精神をやられていった。
そんな彼女から、メールが届いたとき、どうしても心から素直に、おめでとう!といえない自分がいた・・・。

同じように障害持ってる仲間の中で、同じ目標に向かっていても、みんなが全員、到達点までたどり着けない。
その中には、体の事や病気の不調で、立ちどまってしまったり、去って行ってしまうこともある。

そういった、少しでも、自分の障害の経験を通して、人の苦しみが分かる者同士だから、自分の事以外の、他の人の気持ちも感じて欲しい。
ほんとは、おめでとう!って、一番に、分かち合える仲間でいたい。みんな、大人だなぁと思った。

後で考えたら、あたしは、自分の挫折と自信のなさを通して、人の成功を妬んでいるだけなのかな…。
そうだとしたら、情けない人間だな・・・。
ほんと、寝たきり生活は仕方ないと受け入れても、健康な体が欲しいよ。
ちょっと、この体はきついな・・・と実感する。それでも、出来る限りは、あきらめない!

人は人、自分は自分。結局は、その自己解釈にたどり着く。

精神的に苦しかった。
人間関係、自分自身との向き合い。
只今、心のテンションが落ちているのは、その内にたぶん、回復すると思います。

世の中って、矛盾したことがあるなぁって思う日々。
個人的な悩みって、理解するのも、されるのも、難しいなぁ。と思う。

それぞれ、生きる場所も、居場所も違う。あたしの悩みも、
「なーんだ、そんな事。」って大きさかも知れない。
「えーーーーーっ。」って大きさかも知れない。

結論は、自分と向き合え!って事です。
逃げれるような、悩みには、悩むな。
逃げれない、逃げたくないなら、いっぱい悩め。
後悔しても、悩んでたことには、誇りを持て。
はじめから、後悔という逃げ腰の、向き合い方はするな、って事です。

自分の人生は、自分にしか出来ないことがある。今のあたしは、自分自身と、大切な周りの人との、小さな世界の事しか、日々考えられない。
社会にも出ていないし、未熟だなぁと思う。
もっと広い視野を持つと、いろんな考えや生き方を知る。人は欲を言っては、キリがないけど。
それは、その人それぞれの希望であって。

たとえば今のあたしは、寝たきり生活でも、自分で自立できているレベルの人たちが(トイレ・着替え・車の運転など、日常生活全般が自力→他人の手助けなく出来る。)自分の障害を理由にしているのをみると、いい思いはしない。
人はそれぞれ、ここはもっとこうだったら。とか、あの時、こうしていれば。とか、抱えてるものだったけど、障害を持ってる分、そういう思いとの葛藤ってのは、あると思う。

けど、そのすべてを、たとえば、自分の今の人生の納得行かないのを、全て障害のせいにする、しかも本人は努力しようとしない(他人に動いてくれとばかりの態度)は、どうかな?って思ってしまうのです・・・。それに、かわいそうに・・・と、動いてしまう人も、どうか・・・と・・・。そりゃ、愚痴も弱音も吐くよ。
あたしも、そう。けど、愚痴と弱音と、いかにも自分は悪くない!正しい!ってのとは、違うと思うんだ・・・。

努力をしている人は、しているよ。
それは、健康な人も同じでしょう。

あたしは今、やりたいことがあり、それに向かって、厳しい治療も耐えれる。
それだけでも、幸せな事なのかもしれない。そのためなら、努力もする。頑張る事は、楽しい。けれど、どうしても体がついてこない。出来る事が、出来なくなること・・・。

その現実は、悔しくてたまらない。
いつかは、現実と直視する時が来るだろう。
そんな事、思いたくも、見たくもないけれど。だからこそ、毎日、自分自身とちゃんと向き合っていたいと思うのです。

結局は、出来る人は、出来る。
出来ない人は、出来ない。
それが、現実です。
時には、出来るフリしてごまかしている。当たり前だけど、ごまかしは、いつまでも続かない。

弱くて脆い人間です。あたしは、そんなつまらない人です。とりあえず、今のあたしは、今日のあたしらしく、歩むのみです。
一日、一歩ずつ。

たとえそれが、後退していく一歩だとしても・・・。自分の小さな世界しか、まずは大切に出来ない。
そこから、始めるのみです。
あたしは、あたし。
それでいい。
【2007/06/23 15:41 】 | 日々の日常 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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